異聞・桃太郎伝説

神崎あきら

第1話 桃太郎伝説を求めて

 ウッドデッキの展望台に登れば、燃え上がる緑が目の前に広がった。瑞々しい新緑の山は目映い太陽の輝きを浴びて生命力に満ち溢れている。高く透き通る青空には白い羊雲がぽっかり浮かび、ゆるやかな風に吹かれてのんびり流れていく。


 眼下に広がるのは総社平野。なだらかな山と田畑の織りなすのどかな里山の風景にしばし心を泳がせる。東の方角を向けば、山頂に築かれた木造の角楼が見える。鬼ノ城のランドマーク、復元された西門跡だ。


 鬼ノ城は七世紀前後に築かれた古代の山城で、平坦な山頂部に2.8キロに渡る城壁が巡らされている。六六三年の白村江の戦いで唐・新羅の連合軍に敗れた日本が侵攻に備えて築いたとされている。


 鬼ノ城にはひとつの伝説がある。その名の示す通り、ここには温羅(うら)という鬼が住んでいた。温羅は朝鮮半島の国、百済からやってきた王子で、「四メートルを超える大男で、両目は虎狼のようにらんらんと輝き、髪や髭はぼうぼうとして、性格は極めて凶悪」と言い伝えられている。

 温羅は鬼ノ城を拠点に、都への貢船を襲撃し、女子供を略奪するなど悪行を尽くしていた。しかし、大和朝廷から派遣された武将、吉備津彦命によって退治される。日本でも有名なおとぎ話、「桃太郎」のモデルになった伝説だ。


 長らく続く疫病禍により遠出が憚られている閉塞感と、かねてからの運動不足を露呈する健康診断の結果を受けて、私はこれまで目を向けたことの無かった日本の史跡巡りをしてみようと思い立った。


 ただ歩数を稼ぐだけではなく、フィールドワークという目的があった方がウォーキングもやり甲斐があるというものだ。リュックサックと帽子も用意した。リュックサックはつい見た目で選んでしまい、ビジネス仕様で場違いなものと友人に揶揄されたが、大事な旅の友となっている。

 いくつかの史跡を下調べしていると、繋がりが見えてきた。それが温羅と吉備津彦命の戦いの足跡だ。


 鬼ノ城には温羅が住んでおり、吉備津神社には桃太郎のモデルこと吉備津彦命が祀られている。地元の人間なら誰もが知っている伝説だ。しかし、周辺に点在する小さな史跡にも由縁があることは案外知られていないのではないだろうか。点在する史跡を繋げば、もうひとつの桃太郎伝説を深く紐解くことができるかもしれない。

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