第10話「土佐弁」

 第27番札所 神峯寺こうのみねじ


『分け入っても 分け入っても青い山』

 種田山頭火。


 山深い札所で参拝して道を降り、海岸を歩いていた。ずうっといい天気だったのに、突然、雨が降ってきた。

 どこか雨宿りできる所はないかと探すと、山小屋が目に入り、行ってみた。

 民家では無いと思い、窓から小屋の中を覗くと誰もいないようだ。カギもかかっていなかったので中に入ってみた。

 二十畳くらいの部屋で人が住んでいる気配は無かった。お遍路さんのための休憩所だろうか?

 タケゾウは勝手にお遍路さん用の建物だと思った。


 四国には、お遍路さんのために無料で泊まれる場所があり、善根宿ぜんこんやど通夜堂つやどう、へんろ小屋などと呼ばれ、個人やお寺の善意でやってる所があるようだ。


 しばらく、雨宿りさせてもらおう。

 高知の雨は雨粒が大きい気がして、とても歩ける状態じゃない。


 雨は降り続き、今夜は、この小屋で寝ようと思っていたら、夕方、軽トラックが止まり誰かが入ってきた。

 ヤバい! いかつい老人だ。

 最悪、不法侵入で警察行きか?

 タケゾウは冷や汗をかいた。

 しかし、角刈りで白髪の老人は怒っている風でもなく言った。


「ここは、オレの農作業小屋だ。お遍路さんなら、雨が降ってるから使っていいよ」

 八十歳くらいの老人が、小屋に農作業の道具を置きながら言う。

 実は、この老人、なまりがきつくて、土佐弁で喋っている。タケゾウには、ほとんど何を言われているのかわからなかった。


 老人は土佐弁で、お遍路さんが、小屋を使うことが多いのでドアにもカギをかけてないと言うようなことを言っているようだ。

 『〜ちゅう』とか、『かまんかまん』『〜ぜよ』という言葉をよく使う。


 高知県は県内でも地域によって、阿波弁あわべん伊予弁いよべん幡多弁はたべんが使われているようで、ここ、安芸市あきしには土佐弁が残っているようだ。

 坂本龍馬が『日本を今一度せんたくいたし申候』と言っていた時代のような言葉で老人は話す。


 ここの小屋は使って良いといってるんだな……

 タケゾウは、なんとなくニュアンスで理解した。

 小屋を使わせてもらうお礼に足をもんであげると言うと、老人は、足は疲れているんだといい、喜んで小屋の中にあるイスに座った。


 タケゾウが足をもむと、老人は満足したように軽トラックに乗って家に帰っていった。


 ❃


 夜八時ころ、また軽トラックがやってきた。

 老人がタケゾウに足をもんでもらったら「飯が食えた」と言って、にぎり飯と煮物を持って来てくれた。

 周りに店もない所で、腹ペコだったタケゾウはありがたくいただいた。


 ❃


 翌朝、雨もあがり、お遍路に出かけようとすると、また、軽トラックが来て老人が現れた。

 老人は、昨日、タケゾウに足をもんでもらうと、晩飯が食べれて夜も良く眠れたと言っている。

『こじゃんち』『のうが良うなったがぜよ』

 などと、土佐弁なので半分以上わからないのだけど、老人は、足心官道を覚えたいから家に来てくれないかと言っている。


 急ぐ旅でもないので軽トラックに乗って老人の家に行った。老人は家に着くなり誰かに電話をしている。


 やがて、老人と同じくらいの歳の男性がやってきた。

 老人は、この男は同級生で、同じ“ゆず農家”だという。

 実は、老人は、『がん』で薬で治療しているが、余命は半年くらいだと医師に言われていた。

 日に日に体が衰えるのを感じ、薬の副作用のせいか、食欲も減り、睡眠も浅かった。

 このまま衰えて終わるものだと思っていたが、タケゾウに足をもんでもらうと元気になることに気づき、やり方を教えてもらえば自分でもできるのではないかと思い家に連れてきた。


 老人の連れてきた同級生も『がん』で病院に通院して薬を飲んでいた。

「どっちが先に死ぬかな?」と日頃から冗談を言っている。


 タケゾウは二人に足心官道のやり方を教えた。

 足の裏は普通、スリコギの小さいような棒で押すのだが、タケゾウは台湾で使われているL字型で手を持つ所が突起になっている棒を使っていた。

 老人は足の裏を棒でもむのを知っていたが、タケゾウの持っいる棒は初めて見たと言って型を取らせてくれと言い、図面に型をとって、あとで自分で木を削って作ると言った。


 足の裏や指のもみかた、足首、ふくらはぎ、膝関節のもみ方を教え、丸い石を引き詰めて足の裏で踏むやりかたや、足湯の方法も教えた。

 二人いるので、力加減などを教えるのに調度良かった。

 二人は終始土佐弁なので、質問されてもタケゾウには半分くらいしかわからなかった。


 午後になると、老人の息子がビデオカメラを持ってきてやり方を録画した。


 足心官道は足の反射区や人体の構造などは気にしなければ、自分の足をもむのは、わりと簡単に覚えることができる。足に血栓などが無ければ、誰でも安心してできるのだ。

 老人は熱心に講習を受け一日でマスターした。


 ❃


 タケゾウは晩飯にもよばれ、泊まっていくことになった。

 老人の息子は『しし鍋』だと言い、すき焼きのような鍋を持ってきた。

 タケゾウは『しし』と言うのは何だと悩んだが、本州ではイノシシを食べると言うから、イノシシなんだろうと思った。


 老人は息子と同居で、老人の奥さんと息子の嫁さんと子供で、みんな土佐弁で喋るので『まけまけいっぱい』『まぎる』『ないがやないが』『ちゃがまる』などが飛び交い『のうが悪い』と言われ、馬鹿にされたのかと思ったが「具合が悪い」と言う意味だった。


 老人の奥さんによれば、老人はこれから病気が進んで、寝たきりになって家族に迷惑をかけたくないと、最近よく言うようになっていたらしく。今朝、足に元気が出たと狂気して喜んだらしい。


 ❃


 翌朝、お礼を言って、日付と簡単な住所、名前を書いた白い納札おさめふだを渡すと、老人は筆を持ってきて、裏にこう書いて欲しいと紙を持っきたので、そのとうりに『足心官道 講習修了 中岡慎太殿』と裏面に朱書きで書いた。


 老人は、この納札を生涯大切にしたらしい。

 

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