第9話「御厨人窟」

「阿波の国も終わりか……」


 第23番札所  薬王寺やくおうじ

 徳島県最後の札所を昨日、参拝を終え、次は高知県である。


 次の札所までは歩きで77km、時間にして20時間か……長いな。

 バスを使えば、すぐに着くけど、途中に弘法大師が悟りを開いた洞窟もあるし……やはり、ここは歩くか。


 歩き遍路に決め歩きだした。


 20kmほど歩いて海岸に出ると『鯖大師本坊さばたいしほんぼう』とある。

 なんだろうとガイド本で調べると、四国八十八ヶ所の他に、四国別格二十霊場という所があり、八十八ヶ所と別格二十霊場を加えると108となり、すべてをめぐることで108の煩悩が消滅すると書かれている。


 しまった! お遍路は四国八十八ヶ所だけじゃないんだ。

 鯖大師本坊は四国別格二十霊場の第4番札所だった。

 第4番って、3番まで抜かしてしまった。


 しょうがない。別格の1番から3番は、区切り打ちで、いつかまた行くか……


 鯖大師本坊は、鯖を持った弘法大師像を祀り、鯖を三年絶って祈願すると願いが叶うという。


 お寺に併設されてる『へんろ会館』という宿坊があり、宿泊と食事ができると言われ、ちょっと早いけど、宿坊というのが珍しかったので宿泊することにした。


 宿坊は17時までに到着して、18時から作法の説明を受けてから食事。19時から、暗い護摩堂で不動明王像が護摩焚きの炎で浮かび上がるなかで護摩祈祷であった。


 ❃


 鯖大師本坊を出て二泊して、今日はお大師様が悟りを開かれた神聖な洞窟である。


 向かいから逆打ちのお遍路さんがやってきた。会釈して通り過ぎようとしたら、冷たいスポーツ飲料をくれた。

「この先、店も何にもないですよ!」

 冷たいスポーツ飲料は魅力だが、この道は、ひたすら歩かなければならないので、遠慮して返した。


「大丈夫だよ。何度も通っているから」

 五十歳くらいのガッシリとした体型の男性だ。

「何度もやってるんですか……」

「昔は僧侶だったし、山頭火にあこがれて、良く歩くんだ」

「あ〜っ、山頭火! 読んだことありますよ」

「知ってるのか!? 今の心境は『まっすぐな道でさみしい』だな」


「まっすぐな道ですか、それは精神的な心境も入っているんですか?」

「いや、たぶんそのまんまの意味で、歩いても何にも無くて、水も飲めないし、食べ物屋もなくて寂しいんじゃないかな?」

「それ、わかりますよ。歩いているとだんだん自然にも飽きて、さみしいと感じるんです」


「山頭火は僧侶で托鉢をしながら無一物の状態で旅をしたようだよ」

「托鉢ですか、いいですね。俺も鉢を持って托鉢しようかな?」

「托鉢は僧侶でないと、捕まってしまうよ」


「えっ、そうなんですか!?」


「僧侶でない托鉢をする人もいるらしいけどね。坂本龍馬の本にも托鉢をしながら旅をするといいと書かれているが、今はやらない方がいいと思うよ」

「托鉢にも許可証とかあるんですか?」


「山頭火の時代は托鉢許可証が国で義務付けられていたんだけど、今は国での義務付けは無くなり、宗派によって托鉢許可証を出している所と出してない所があるようだね」

「そうなんですか……それなら、バイトしながらお遍路もありですか?」


「一般のお遍路さんならバイトもいいけど、出家した人は労働をしてはいけないんだ。托鉢を行って布施によってのみ食べることになっている」

「いろいろあるんですね。ところで、お遍路をしていて不思議な体験とかもありますか?」


「不思議ね……歩いていると、ふと、お大師様が横にいるような気がすることがあるんだ」

「それは、同行二人ですね」


 ❃


 逆打ちの人と別れて歩きだし、しばらくすると、車道の脇に洞窟があった。

 海岸に沿って洞窟があると思っていたが、結構上にあった。

 解説によると、昔は海岸に洞窟があったが、今は土地が隆起して上にあがったそうだ。


 さっそく聖地に入ってみる。

 洞窟は二つあり、まず生活をしていた右側の神明窟しんめいくつ

 ここでお大師様が寝起きしていたのか、布団はあったのかな? わらや草を引いたのかな? 地面で寝るのは痛いだろう。


 左側の悟りを開いた御厨人窟みくろど。こっちの洞窟の方が大きい。

 ここで、お大師様は虚空蔵求聞持法こくうぞうぐもんじほうを一日、一万回唱え百日続けて悟りを開かれたのか、洞窟の中は声が反響する。

 わずか十九歳で悟りを開くとは、やはり出来が違うんだな。


 洞窟を出ると托鉢をしている僧侶が立っていた。

(入る時はいなかったはずだが……)


『のうぼう あきゃしゃ ぎゃらばや おん ありきゃ まりぼり そわか』

 僧侶が真言を唱えている。

 左手に鉢を持っている。


 そのまま通り過ぎるのもなんだなと思い。

 財布を出して小銭を入れようとしたが五円玉や一円玉しかない。ここで鉢に五円玉を入れては申し訳ないので、奮発して千円札を入れた。

 僧侶は一瞬、ニヤリと笑ったように見えた。

 托鉢する僧侶はお金をもらっても「ありがとう」とは言わない。言えば偽物である。


 僧侶は懐から丸い物を出し天にかざした。

 飴だなと思い、くれるのかと口を開けると、口の中に入れてくれた。

 子供のころ、駄菓子屋で買った大きな飴だった。


 僧侶に合唱してお遍路に向かった。

 僧侶は真言を唱えていた。

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