第7話「ハモ」
徳島も町中を抜けて海岸にやって来た。
「もうすぐ徳島も終わりか、ラーメンばっかり食べたけど、うどんも名物だったんだよな〜」
ガイドの本をながめながら徳島を思い出していた。ふと、道路の端をみたら猫が寝ている。
タケゾウの母親は猫好きで、タケゾウが生まれる前から猫を飼っていた。
タケゾウは、特に猫好きというわけではないが、家の中に猫がいるのがあたりまえだった。
寝ている猫をなでてみる。
懐かしいなと思いながらなでる。猫は全然起きない。
はっと気づいて猫が起きた。
タケゾウを見てかまえるが、すぐに警戒をといた。お遍路さんになれているのだろう。
猫は、こっちに来いと言う顔でタケゾウを見て歩きだした。
なんだろうと思ってついていくと、民宿があった。
今日は、まだ民宿を決めてなかったので、ちょうどいいと思って、猫に連れられた民宿に泊まることにした。
民宿のおかみさんは愛想の良い人で金剛杖の先をタライで洗ってくれた。
金剛杖はお大師様の化身なので杖の先を洗ってもらうと、いい気持ちがした。
猫と少し遊んで、晩飯まで時間があるので、他のお遍路の人を相手に足心官道で足をもんでいた。
タケゾウは知らない人とベラベラとしゃべる性格ではなく、足心官道をやらなければ、おそらく、黙ったまま、もくもくと歩くだけのお遍路だったと思う。
民宿のおかみさんが、お遍路さんの足をもむタケゾウを見ている。
「その足ツボ、うちの亭主にもやってもらえないかしら? 腰痛で寝込んでいるの。なんか、それ効きそうな気がする」
「腰痛は、ふくらぎをもむと腰の血流が良くなるので裏技として効きますよ」
「本当!? じゃあ、お願いします! お礼に、晩ごはんに『ハモ』を付けてあげるから」
「ハモ?」
「ハモ知らない? ウナギみたいなやつ?」
「あ〜っ、聞いたことはありますが、見たことはないです」
「そう、じゃあ、ちょっとおいで」
手招きされて厨房に入るタケゾウ。
「ほら、これ!」
1メートルを超えるヘビのように長い魚を持ち上げて、おかみさんがタケゾウに見せる。
銀色の腹に茶色の背中で、初めてみる魚に驚くタケゾウ。
「これが、ハモですか。初めてみた。徳島の人はこれを食べているんですね……」
「いや、徳島の
「あ〜っ、関西。料亭で出されるやつかな?」
「そう、高級魚ね。ハモは生命力が強いので人気が高くて、夏場に食べると元気になるんじゃない? ただ骨が多いので骨切りの技術が難しいのよ。うちの旦那は上手なんだけどね……」
タケゾウの育った町には海がなく、川で小魚を釣って遊ぶ程度なので、大きな魚というのは、とても珍しく、ハモをじっと眺めていた。
❃
民宿のおかみさんの亭主は布団に寝ていた。五十歳くらいだろう、人の良さそうな男性である。
「あんた、この人、足ツボが上手なのよ。腰痛にも効くんですって!」
おかみさんが興奮してタケゾウを紹介する。
「あっ、そうですか、体が動かせないので寝たままで失礼します。足ツボは聞いたことはあるんですが、初めてです」
「直接、腰痛に効くわけではないので劇的に治るものではないですから、あまり期待はしないでくださいよ」
そう言うとタケゾウは、男性の足の裏に触った。
般若の目を使い足の裏から腰の経絡を探る。
(筋肉の疲労だな。仙骨に違和感があるが寝ていれば治るだろう。しかし、夫婦でやってる民宿だから、そうそう寝ているわけにもいかないか……)
タケゾウは足の内側、土踏まずの骨のある腰痛のツボに触ると、でこぼことしていた。
「昔から腰が悪いんですか?」
タケゾウが亭主にたずねる。
「え〜っ、腰痛は昔からですよ……」
「ここが腰痛のツボなんですよ。骨に対してでこぼこしてるのがわかりますか?」
タケゾウが腰痛のツボをさわると、亭主も分かったようだ。
足のツボは指で一点で押すのではなく、骨に沿って長くあり、正確には反射区と呼ばれている。
腰痛は、首の
「腰のツボはやり過ぎるといけないんですけど、薬を飲むように、たまに押してやって骨についてる汚れを取ってやるといいですよ」
そう言うとタケゾウは腰のツボから仙骨のツボを押した。
「あっ、そこ! 電気が走りますよ。弱い電気だけどビリビリと、不思議だ!」
(やはり仙骨の神経か、それほど悪くはないけれど、古いものかな?)
「お尻を強く打ったり、スポーツなどで急に体勢を変えて無理したことはありますか?」
「たぶん、高校生の時、テニスの試合で右の股関節を痛めたんです。それから走るのが苦手になりました」
「ひょっとしたら、股関節の影響で仙骨が不調になって、それが腰の筋肉に無理がかかるのかもしれませんね」
タケゾウは仙骨のツボなら、青竹踏みでもできると、やり方を丁寧に教えた。
ふくらぎも丁寧にもむと、亭主は体調が良くなったらしく立ち上がった。
「お兄さん、ありがとう。刺さっていた骨が取れたような感じだよ」
そう言うと、ハモの骨切りも自分がやると言って厨房に向かった。
透き通るハモの白身を『骨切り』という技で身の中にある細かい骨を切ることで舌触りが良くなる。専用のハモ切り包丁を使うのだが、見事な包丁さばきで、皮には包丁を入れず身だけを細かく切っていく。
骨切りをしたハモに片栗粉をまぶしてお湯にくぐらせると、ハモの準備は完了である。
晩ごはんに『はものくずたたき』という吸い物が出てきた。
タケゾウは最初、タチの御椀かと思ったが、ふわふわの白身なのに味がすごく濃厚で初めて食べる味のハモだった。
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