第6話「金の納札」

「お兄さん、ローソクの火は、他の人のローソクの火からもらうと、ごうももらってしまうよ」


 札所ふだしょの本堂と大師堂でお参りする時、ローソクを一本立てて、次に線香を三本立てる。

 お寺で用意している種火か自分のライターで火を着けるのだが、他の人の立てたローソクの火からもらうのは良くないとされている。

 タケゾウは、めんどうなので火が付いているローソクから自分のローソクに火を付けていた。


 高齢の男性に注意され、タケゾウは不機嫌だった。

「そうですか……」と目を伏せて言った。


 納札箱おさめふだばこに納札を入れる所を見ていると、高齢の男性は金色の納札だった。

 納札は三拝のあかしとして奉納する紙で、住所、氏名、日付けを記入して、願い事があれば書いて、本堂と大師堂の各納札箱に一枚ずつ入れる。

 巡拝回数により納札の色が異なり、1〜4回は白、5〜6回は緑、7〜24回は赤、25〜49回は銀、50〜99回は金、100回以上は錦である。


 ローソクの火なんかで業をもらうなんて馬鹿げている。

 タケゾウは縁起とかは全く気にしていなかった。


 ❃


 しかし、今日は暑い、体温を越えている。パチンコ屋があるから、少し涼もう……

 あまりの暑さでパチンコ屋に入るタケゾウ、お遍路の格好のままパチンコ屋のトイレに入った。


「さっきのお兄さんか? トイレに入る時は、菅笠や金剛杖はお大師様の化身だから外に置いた方がいいぞ。それと、パチンコを打つならお遍路の道具はカウンターで預かってくれるから、お遍路とわからないように打つんだぞ」

 札所であった、金色の納札の男性である。


 またも注意されて内心面白くないタケゾウ、「はあ……」とだけ返事をした。


 なんで関係ない人に注意されなければいけないんだ?

 腑に落ちないタケゾウだった。


 ❃


 今日は今週分の旅費が入ったから、少しだけ打っていこうかな?

 お遍路のための旅費は、母親が一週間分を銀行の通帳に入金してくる。

 いっぺんに入金すると、すぐに使ってしまう性格だとわかっているから、一週間分ずつ分けて宿代と食費を入金してくれる。


 旅費は少し余裕があるように入れてくれるから、一万円くらいなら負けても影響は無い。

 タケゾウはお遍路の菅笠や白衣などをカウンターに預けた。


 身軽になったし、まずは腹ごなしだ。

 パチンコ屋の横に食堂があるから、ラーメンかな? 暑いけど汗で体はけっこう冷えてるんだよな。冷房の効いたパチンコ屋だから、熱い徳島ラーメンでいくか。


 徳島ラーメンって種類が多いんだよな。スープも白色や黄色、茶色なんてあって、チャーシューも色々だけど、やっぱり豚バラ肉を甘辛く煮込んだのが徳島らしいね。

 タケゾウは豚バラ肉を追加して生卵も二個たのんだ。

 金に余裕があったので、餃子とライスも頼み腹いっぱいになってからパチンコ屋に向かった。


 ❃


 四時間ほどたち、青い顔をしたタケゾウがいた。

 残り三千円。

 これで一週間か……野宿して、毎日食パンをかじればもつか……

 それとも、おふくろに電話して、金を落としましたとウソをつくか? まさか、正直にパチンコに負けましたなんて言えないしな。

 しかし、四時間も打って、何で一回も当たらないんだ!? おかしいだろ?

 般若の目も機械相手には反応しないし……


 休憩所のイスで頭を抱えているタケゾウ。

「お兄さん、負けたのか? 悪い業をもらったな」

 金の札所の男性である。

「悪い業なんて本当にあるんですか? たかだかローソクの火で……」


「世の中には目に見えなものがいっぱいあるだろ。何でも分かっているような者はおごりだ。病気でも菌やウイルスは見えない。人の業も見ることはできない」

「そうなんですか……俺は、お遍路が初めてで体力だけで意気がっていたんですね。ところで金の納札を入れてましたよね、何回くらいお遍路を回っているんですか?」

「えっ、何回って言われても、納経帳をみればわかるけど、七十回くらいだな」

「七十回!! 俺なんかヒョっ子もいいとこですね」 

「わしは車で回っているからな。歩き遍路ではとても回れないよ」

「あっ、そうか!? 俺はお遍路は歩くものだと思い込んでいたけど、車もありなんですね」

「観光バスとか自転車もあるし、回数をわけてまわる区切り打ちも多いぞ」

「俺は計画性がないんだな……」


 意気消沈しているタケゾウを見て金の納札の男は可哀想に思った。

「お大師様は遣唐使で唐に渡り密教を収めた。知っているか?」

「いえ……」

 タケゾウはお大師様のことをあまり知らなかった。


「密教と言うのは玄奘三蔵法師げんじょうさんぞうほうしがインドから持ち帰った経典だ」

「三蔵法師? ガンダーラ?」

「まあ、そうだ。お大師様はお遍路をして密教の力で法力を得たと言われている。地面に杖を突くと泉が湧き出でて井戸や池になったというのは有名な話しだ」


「なんか、聞いたような……」


「お寺での説明をあまり聞いていないな……インドにいる孔雀は毒のあるヘビやサソリ等の虫を平然と食べることから、法力を得る孔雀明王法くじゃくみょうおうほうというものがある」

「くじゃく?」


「お大師様の力を見せてやる。こい! 密教の奥義、孔雀明王法の力で、わしがパチンコ台を叩けば、台から玉があふれ出るはずだ」


 タケゾウは、この爺さん、何を言ってるのかと思い、しかたなくついていった。法力とか、ボケてるんだと思った。


 金の納札の男は、車から金剛杖を持ってきて、『おん まゆらきらんてい そわか』と孔雀明王の真言をぶつぶつと唱えながらパチンコの台を何台も見ている。

「これを打て!」

 男はパチンコ台の床を金剛杖でコンコンと突いた。


「打てと言われましても、俺は、あと三千円しか無いんですよ。これが無くなったら食パンも買えないんです」

「孔雀明王法によれば、これだ。オスイチだから心配するな!」

「オスイチ? なんですかそれ」

「お座り一発の略だ。いいから打て!」


 タケゾウは、しかたなく、なけなしの三千円で打ち出した。

(これで負けたら断食だ。一週間くらいはできるだろう)


 パチンコを打ち出すと一回転目でリーチがかかり、段々と熱いリーチに変わる、ついに保留が金色になった。

 俺は四時間も打ってても金色の保留なんて出なかった。青と緑ばっかりで赤色も二回だけだった。

 タケゾウの台は見事に大当たり、しかも確率変動で、連チャンが続いた。


 連チャンが終わると、もう夜である。


 ここで止めれば、まだ宿に泊まれるし、飯も食える。

 しかし、まだ出るんじゃないかな?

 連チャンした興奮で頭が高揚している。

 しかし、踏みとどまって、すぐに景品に変え両替した。


「やっぱりだ! 今朝、おふくろが入金してくれた金額と一緒だ。やはり、見えない力が働いているのか?」


 タケゾウは孔雀明王法を知りたいと思ったが金の納札の男はもういない。


 金の納札の男は、タケゾウが大当たりに興奮してるのを見て立ち去った。

 まだまだ、こいつに孔雀明王法を教えたら悪事に使うと思い、教えなかった。

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