第2話「般若の目」

 第12番札所 焼山寺しょうざんじでお参りを終え、『遍路ころがし』と言われる難所である。


 まいった……

 お遍路もろくに回ってないのに、こんな所で終わるのか?


 深夜、山の中でタケゾウが倒れている。

 熱と下痢に襲われ遍路道から外れ山の中をさまよっていた。

 時期は七月の末。


 救急車を呼ぼうにも電話がない。

 叫べば誰か来てくれるだろうか?

 朝になったら町まで行って救急車を探すか? だが、朝までもつかな……

 もう、動く力もない。


 時代はスマートフォンなどなく、ガラケーが発売されているが、まだまだ一般には普及していない。タケゾウもガラケーを持っていなかった。


 金剛杖を地面に立てておくかな?

 昔のお遍路さんは金剛杖を立てて、いざとなったら墓にしていたと言ってたからな、俺も立てて置いた方が後で何かといいかもな……


 今まで病気も怪我もしたことのない丈夫な体で、自分の体が動かせなくなるなんて考えもしなかった。

 ウイルスとか、細菌に感染したのかな?

 この地方特有の細菌とかも有るのかな?

 それとも食べ物か?

 お接待でもらったお茶やおにぎりの中に毒でも入っていたのか?

 中国の武術の達人で武術では負け知らずで、他流派と試合して勝ちまくり恨みをかって、お茶の中に毒を入れられて亡くなった人もいたな……


 しかし、俺は有名人でもないし、ここでは恨まれるようなこともしていない。

 では、寺か? 何か神仏に祟られるようなことでもしたか? 知らず知らずに何か墓のような物でも壊したのか?

 ん~~わからん。


 あれか!? 手を洗う柄杓で水を飲んだから水が悪かったのか?

 外国で水を飲んだら腹を壊すと言うからな……


 タケゾウは疲れ果てて寝てしまった。


 寝ているタケゾウを誰かが見ている。


「こいつはお遍路か? なんでケツを出して寝てるんだ? 虫がいっぱい集まっているぞ」

 タケゾウの顔をじっと覗き込む魔物。

「なるほど、そういうことか。悪い奴ではないな。むしろ仙人の系統か、このまま死なせるのももったいないな」


 腹が痛くなり目を覚ますタケゾウ。

 夜になり、ずっと下痢が続いていた。


 自分を見ている者の気配に気がつく。

(強い気だ!虎や狼が襲おうとしているのか?)


「虎ではない。襲いもしないから安心しろ」


(俺の思考を読み取った? 妖怪か?)

「妖怪サトリだな!?」

 思い切って振り向いた。

 すると、目の前に恐ろしい顔で二本のツノを生やした者がいた。


 一瞬凍りついたが、見たことがあった。

「時代劇で見たことがある。般若の面を被っているんですね〜 あ〜っビックリした」


「面じゃないよ。サトリでもない。お前はお遍路か? 金剛杖を地面に立てて、ここで死ぬつもりか?」


 面じゃない?

 確かにヒモで面をむすんでいるわけではない。本物の般若?!

 まさか?


「本物だよ」

(まただ、俺の思考を読んでいる)

「般若には、その人の考えがわかるのさ。過去の事もわかる」


「それならば、俺はこれからどうなる。ここで朽ち果てるのか?」

「先の事というのはわからん。わかるのは過去だ」

 混乱しながらも、タケゾウは般若は自分を殺す気はないように思えた。

 タケゾウは習った格闘技で人間相手なら強くても、上級の魔物、般若が相手では、たとえ体調が万全だったとしても勝ち目はない。まして、立ち上がることもできない今の状態では、まな板の鯉である。


「俺は、夕べから下痢と発熱で、緑色の便がでるようになった。ケツを拭く紙もなくなり、めんどうなので丸出しだ。悪い病気にかかっているのではないだろうか?」

 般若はタケゾウの周りに散らばっている緑色の便を見て、タケゾウの顔に自分の顔を近づけた。


「お前、生の鶏肉や玉子とか、落ちてる物を拾って食ったり、生の野菜を洗わないで食ってないか?」

 般若の言うことにタケゾウは心当たりがあった。

「二日前に……お接待でもらったおにぎりを畑に落とし、土がついたまま食った」


「それだな。たぶん食中毒だ」


「食中毒? 便が緑色だぞ!」

「あ〜っ、食中毒で緑色の便が出ることがある」

「なんだ、ただの食中毒か、俺はとんでもない病気になって死んでしまうと思ったよ」

「緑色の便は死ぬこともあるぞ」


「おにぎりを食べて死ぬのか……」


「薬草を煎じてやる。それで死なないと思う」

「俺は、あんたに助けられて、代わりに魂を取られたりするのか?」

「あたしは悪魔じゃない。般若は、もともと若い女だ。恨みつらみが強くて魔物になったが、若い男には弱いのさ」


 般若は動けないタケゾウを献身的に助け、薬草と食べ物を持ってきた。

 一週間ほどで体調も戻ったタケゾウは、お礼に足心官道で般若の足を揉んでやると言った。般若も照れくさそうだが、足心官道に興味があるようで揉んでもらうことにした。


「魔物になって、人間の男に足を揉んでもらうなんて思いもしなかった」

 般若は巾着から何か取り出した。

「最近、仲間の般若が亡くなり形見にもらった物がある。般若には『般若の目』と言う過去を見通せる能力がある、これをやろう」

「般若の目?」

「これがあれば、相手の過去や弱点がわかるんだ。これから魔物と合った時に便利だぞ」


 タケゾウは恐る恐る般若の目をもらうことにした。

 般若は半透明の目をタケゾウの左目に被せると呪文を唱えた。


 特に痛みも違和感もない。

 タケゾウが般若を見ると昔の娘だったころの顔が見えた。

「なんだ、美人じゃないか」

 タケゾウに言われて般若は照れながら「馬鹿〜」と言ってタケゾウの肩を叩いた。

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