足心官道・タケゾウ。
ぢんぞう
第1話「どうしょうもない私が歩いている」
「
「あんた、学生さんかい? お遍路を始めるの?」
一番札所の側のお遍路用品の店で若い男性が品物を選んでいる。
お店の店員は高齢の女性である。
「それは
「へ〜っ、弘法大師ね……」
「歩いていくのかい?」
「どうしようかな? とにかく四国八十八ヶ所を巡ってこいと両親に言われたんだけど、俺にはなんのことやら、何も知らないんだ」
「ご両親から言われたの? 何かしたの?」
「酔っ払って、気がついたら警察に捕まってたんだ。示談で釈放されたんだけど、おふくろにえらく怒られて、ちょうど大学が夏休みになるんだから、反省の意味で四国八十八ヶ所を巡ってくる事になったんだ」
「あんた、体がいいね。プロレスラーでもなれそうだね」
若い男性は
身長190cmくらい体重100kgくらいである。
「おふくろは、俺は体ばっかりデカくなって、精神が未熟だと言うんだ。お遍路をして人との御縁を知り、自分の愚かさを自覚しろと言うんだ」
「愚かさをね……」
「おふくろは
「あ〜っ、種田山頭火ね。知ってるわ。日本中を旅した詩人じゃなかったかしら? あの人は僧侶で托鉢しながら四国八十八ヶ所のお遍路をしたのよ『鈴をふりふり お四国の土になるべく』ってね。最後は愛媛県の松山市で『一草庵』という所で亡くなったの、縁があったら行ってみたら?」
「愛媛県も種田山頭火も俺は知らないんだ。弘法大師もまったく知らない。お遍路は、俺のおやじが若い頃に坂本龍馬に憧れてリュックサックを背負って高知に旅をしていたら、親切な人が多かったので、旅をするにはお遍路がいいと言って、こうなったんだ」
「お父さん、高知に来てたの」
「桂浜の坂本龍馬の銅像の近くにテントを張って一週間くらいいたらしい」
「坂本さんは人気があるからね」
「しかし、いきなりお遍路に行ってこいなんてひどいよ……」
「若い子には旅をさせろって、昔の人は言ってたのよね」
「お遍路さんって若い子もやっているの?」
「若い子もやってるよ。外国の人も多いし、いろんな人がいるね。何のためにやるのか、本当のことは私にもわからないけどね」
売店で売っている
「なんにもお道具が無いんなら、セットがあるよ。お遍路に必要な物が入っていて一万二千円」
売り子のお婆さんは、お遍路で必要な
「便利なセットがあるね。じゃあ、それで」
タケゾウは、特に考えずセットを買った。
さっそく白衣を着てみた。
自分のバックから何か布を取り出した。
「おばさん、この辺に、これを縫い付けてくれる店はないかな?」
「何か縫い付けるのかい? ミシンでいいなら、私が縫ってあげるよ?」
「本当かい? じゃあ頼むよ。この白衣の左肩に縫い付けて欲しいんだ」
タケゾウが出した布には『
店員のお婆さんはミシンで白衣に縫い付けてくれた。
「ありがとう。手数料はいくらになります?」
「それはサービスでいいよ」
「四国の人は、本当に気前がいいね。おやじも大きな登山用のリュックサックを背負って喫茶店で食事して、レジでお会計をしようとしたら、お代はいらないってレジの人に言われてビックリしたって言ってた」
「この辺はお接待の文化があるからね。お遍路さんに食べ物やお茶をあげることで自分の代わりに三拝をしてもらうという考えがあるんだ」
「へ〜っ、じゃあ、俺もお礼に足心官道をやってやるよ」
「足心官道? さっき縫い付けたやつだね。しかし、聞いたことないけど、それはなんなんだい?」
「足心官道と言うのは、足のツボ押しだよ。爺さんが官と言う人に足ツボを習って、おやじから俺は習ったんだけど、おやじは、勝手にやり方を改良して名前も足心官道と付けたんだ。だから、足心官道と言っても誰もわからないんだ」
「足の裏を揉むやつかい?」
「おやじのやり方は、足の指をよく揉むのとふくらはぎをていねいに揉むんだ。元になったやり方もできるけど、おやじのやり方の方が効くと思う」
お婆さんは興味本位で椅子に座り足を投げ出した。
タケゾウは足の裏をさっと揉むと、ふくらはぎと膝の付け根を揉んだ。
「おふくろは、お遍路をやるなら人と関わるのに足をもみながら巡ぐりなさいって言って、足心官道って刺繍を縫ってくれて衣服につけなさいってくれたんだ」
「なるほどね。お父さんから技を教わったのね。若いあんたにはわからないだろうけど、年を取ると足が弱るのよ。ふくらはぎを揉んでもらうと喜ぶと思うわ。わたしも足を揉んでもらうなんて初めてよ。こんな若い男性に揉んでもらえるのは嬉しいわ。
「えっ、ケチ?」
(足だけだとケチ臭かったか? 腰もやった方が良かったか?)
結願とは四国八十八ヶ所の札所をすべて打ち終えることである。
第1番札所
発心とは、悟りを求める心を起こすことである。
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