第5話 納車

 Eクラス内での悪ふざけは時折洒落にならない。そしてその高まった内圧はあとぐされのない、即ち平民出身のアーネストに集中する。しかも教員までグルだ。なんなら教頭、校長までが、「アーネストが悪い。反省しなさい」だ。


 不条理だが、こちとら別にてめえらに認められるために来てるわけじゃねぇ。技と知識を盗んで同郷の仲間に伝えることが目的だ。端から目的が違う。


 今日も放課後体育館裏で縛られ簀巻きにされて殴る蹴るの暴行を受けていたところに、クラクションのゴッドファーザーのテーマが鳴り響いた。

 先日購入したクルマだ。ドアが開き、中からアキラ・アサクラが降りてきて、いじめっ子たちをボコり簀巻きも縄もほどいてくれた。むちゃくちゃ強いぞこのオッサン。助かった。


「よお、アーネスト。手続きも終わったし、事故らねえようにバッチリ整備してもらってきたぜ、お代はもちろん込み込みだから追加は要らねえ。ちなみにランプとかオイルはそこいらでなんとかなるが、ちょっと入り組んだところがイカれたらこの店でしか整備出来ねえから気をつけてな」


 領収証を渡された。三波サイクルと書かれた領収書に、明細に「ラスオキサイド」とか不穏な文字が踊ってる、やる気満々じゃねぇか。

 

 鍵を受け取り、助けてくれたことの礼をいった。「明日でも良いかなと思ったんだが、虫の知らせってヤツだな。礼は愛車に言ってやれ。」


半ドアだったようでふわっと風に吹かれたようにドアが開く。うーん相変わらずボロい。


「よ、色男。早くもクルマとの信頼関係築けてるな。乗れってよ。操作説明するからついでにうちまで送ってくれ。」


そう、納車してクルマを渡してしまえばアキラには帰りの足が無いのだ。だから運転の説明をするから練習がてら家まで送れってことらしい。助けてもらった恩もあるし全然構わないというより、説明してもらうのは必要だ。

ーーー

 「そこを左折だ。曲がるときは手前でウインカー出してスローインファーストアウトだ。まず充分、そうだな40キロくらいまで減速してから曲がる前にお尻を通す場所をイメージしながら一回右に寄せて、そこから左にハンドル切って、お前さんの身体の右側に遠心力を感じたところでサイド引け。」

普通に曲げるにも一工夫が要るらしい、ちょっと難しいクルマだね。言う通りに左折する。意外と簡単だ。右折は待ちがあるのでまた違った操作だが、やはりちょっとクセがある。


「DとRの間にNがあるだろ。さっきのでちょっと曲がり足りないまま再グリップしそうだなとおもったら、アクセル踏んだままNにチョコンと入れてすぐ戻すともう少しグリップしないで曲がり続ける。」

 一応オートマチックでシステマチックなクルマなんだが、右左折レーンチェンジ合流にもレンジ操作が要るらしい。ラクさせてくれるためのオートマってわけじゃないようだ。


 そしてあの海辺の街に着いた。


「よ、ありがとよ! いいカーライフを。オートマだからレースには出れねえが、そんじょそこらのクルマよりぜってー速いぜ。」


アキラはご機嫌で降りていった。

しかしアーネストは知らない。端から見ると公道レースさながらの暴走運転を自分がしていたということを。

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