第7話炎上鎮火

自分の情報がネット上に勝手に拡散されていくのは非常に恐怖を覚える体験だった。

「四条賢人のプロフィール」

などという項目がサジェストキーワードに現れるようになり、この件をまとめたサイトまで作られる始末だった。

「それで。誰か凸ったやつ居るんか?」

「居るわけ無いだろ」

「いや…行けよ」

「そういうお前が行け」

「じゃあ今までの騒ぎは何だったんだよ」

「分かった。じゃあ俺が行く…」

「よし。任せたぞ」

「任せろ」

不穏なチャット欄はそこで終了していたが僕のもとに訪れた客は一人も存在していなかった。

気が緩んでいるわけではない。

ただ護衛についてくれている三田みたの存在が大きかった。

大柄な男性で耳を変形させるほど全力で柔道に取り組んでいたことが見て取れた。

「四条さん。大丈夫ですよ。誰が来ても私が守りますから」

「本当に心強いよ。助かるよ。三田さん」

「いえいえ。これも仕事の内ですから」

そんな会話をしながら三田が運転する車で会社まで移動をする。

降車したところで明らかに不審な人物が僕らを待ち構えていた。

何日もお風呂に入っていないようなボサボサで長ったらしい髪にサイズの合っていないボロボロの洋服。

手にはナイフのようなキラリと光るものを持っている。

「あ…あ…あんた…四条…賢人…だろ…?」

途切れ途切れな口調で覚束ない足取りでこちらに向かってくる男性。

ついにピンチが訪れたと恐怖を感じていると三田が僕の前に立ち塞がった。

「フロンティアタイムの問題で訪れた方ですか?」

冷静に立ち向かう三田に相手はワナワナと震えながら口を開く。

「お…お…お前…誰だよ…!関係…無いだろ…あ…!?」

抑揚が無く急に大きな声を出す相手に僕は完全にビビってしまっていたのだが、三田はそうではなかった。

「お引取りください。それとも通報致しますか?」

「は…!?うるせぇ…!」

相手はナイフのようなものを構えて突進してくるのだが…。

三田の柔術により簡単に地面に投げられる。

そのまま拘束された相手。

三田はスマホを取り出すと警察へと通報をしていた。

「四条さんはお仕事に向かってください。私はこの男を警察に渡したら仕事に戻りますから。ではまた後ほど」

三田に頭を下げると僕は職場に向かうのであった。


仕事を終えて外に出るといつものように三田が僕を待っていた。

「本日もお疲れ様でした。今朝の男性は無事、警察に渡しましたのでご心配なく。報道のおかげでチャットなども沈静化しております。状況は好転していますので炎上の鎮火も遅くないかと…」

「何から何までありがとうございます」

「いえいえ。これも仕事の内ですから」

口癖のようにその様な言葉を口にした三田に苦笑すると車に乗り込む。

スマホでニュースサイトを見ていると今朝のことが記事になっていた。

「男性(19)。有名VTuber意中の相手に逆恨み。ナイフを持って襲いかかる」

この様な記事とともに鉄星と禍々雅に関する事柄などが記載されていた。

「フロンティアタイムはあくまでVTuberな為。恋愛禁止ではない。何処かのアイドルグループと勘違いしているようならば注意が必要だ。今回の件によりファンにもモラルが問われるようになるかもしれない。筆者もVTuberのファンの一人だ。これから気を付けようと改めて認識した。そんな事件だったと思われる」

締めの文言を目にして一安心するとスマホをポケットにしまう。

自宅前に車が停車すると三田が重い口を開く。

「四条さん…。私は仕事であなたを守っていますが…禍々雅のマネージャーの立場としては…あまり関わってほしくないって言うのが本音なんです。仕事上で関わるのは仕方のない話だと思うのですが…出来たらプライベートは自重してほしいです…。これ以上、炎上されると私も心が疲弊していくので…」

大柄で心強い三田の少しだけ落ち込むような表情を目にして僕は申し訳無さを覚える。

「わかりました。迷惑かけて申し訳ないです」

「いえ。迷惑ではないんですけどね…」

もう一度謝罪をすると三田に別れを告げて自宅のマンションへと入っていくのであった。


「なんか問題が拡大しているみたいだけど。私はガチ恋拒否しているからね?有名人だけど私にも私の人生があるし。自分が幸せになるのが人生の目標じゃないの?皆だってそうだよね?自分が幸せになりたいわけでしょ?今回の件だって自分の意にそぐわないから勝手にキレているだけだよね?理想を押し付けてくるのやめてください。私も一人の人間なので自分の幸せを求めます。もうこの件でゴタゴタ言うのやめてね。はっきり言って面倒なので」

鉄星ははっきりと配信でこの様な言葉を残してしまう。

その場面が切り抜かれて拡散していくのだが…。

それが炎上へと発展することは無かった。

その発言の裏で動いていた人物がいたのであった。


「私の発言のせいで見ず知らずの一般人を危険な目に合わせてしまったみたいで。そんなつもりはなかったんだけどね。今回の件はただのプロ意識の違いって話だったみたいだね。フロンティアタイムメンバー内で意識の差があるのは悲しいけどさ。ファンの皆もガチ恋したい場合はメンバー選んでね?例えば神内とか?私は絶対に引退するまで彼氏とか作らないから安心して欲しい。ということで今回の件はこれにて解決にしてほしいな。私の勝手な愚痴のような言葉によって炎上に発展してしまったわけだけど…許してほしいな」

神内鏡の配信は切り抜かれて全世界へと拡散されていく。

結果として神内鏡にファンが増え、他のメンバーのガチ恋勢だった人までもが神内鏡のファンになるのであった。

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