第7話 2回目の転移
「……なんでここに…?」
エレベーターのドアから外はマンションの通路ではなく、俺が女神ロキに転移させられたカジノのような空間が広がっていた。
俺の問いに答えるようにロキが口を開く。
「神崎様がエルデリアを救うことができないまま死亡されたので、再び神崎様をこちらにお呼び致しました」
ロキは笑顔でそう言った。
「……お断りします」
俺は別の階のボタンを連打したり、ドアを閉じようとするが操作は一切効かない。
「…ハルト、この人は誰?」
アイリスは俺の後ろから顔を覗かせて不安そうな表情を浮かべる。
俺は深い溜息を吐いた。
「……俺をエルデリアに転移させた性悪の女神だよ。買い物帰りで疲れてるんだ、お茶くらいさせてくれるよな?」
ロキはクスリと笑い、俺たちをテーブルへと案内した。
………
…
テーブルに着くとお茶が淹れられる。
「どうぞ。お茶菓子もございますよ」
ロキは俺の目の前にある茶菓子と紅茶を勧める。
アイリスは出されたものには手を付けずに俺の隣に座り込んで、ロキを警戒しているようだった。
「…アイリス。買ってきたケーキ食べてていいよ」
「え、いいの?ほんとに?」
「うん。遠慮しないで食べな」
俺がそう言うとアイリスは嬉しそうに微笑んで、箱の中からチョコレートケーキを取り出し、小さな口でパクパクと食べ始める。
「ふふっ。随分と仲が宜しいのですね」
「……何が目的なんだ?あんたは」
俺はアイリスの様子を横目で見ながら、本題に入る。
ロキは不敵な笑みを浮かべる。
「それはもちろん、神崎様にエルデリアを救って頂く事でございます」
「何の能力もない無力な俺がか?」
「そうでもございません」
ロキはルーレットテーブルの卓上に手を伸ばす。そこにあるのは見覚えのある金色のコインが3枚。
「神崎様はこのコインの枚数だけ、死んでも生き返ることができます」
「このコインが俺の残機ってことか…」
俺は卓上のコインに視線を落とす。
最初にここに来た時には4枚あったはず。命と共にコインを1枚失ったってことか。
「それだけなのか?俺と同じように日本からきた転移者の男は、ドラゴンを操る能力を持っていたぞ。そもそもあの男は何なんだ?」
自分を殺した男の姿を思い出す。
黒衣に包まれ、柄の悪い人相をした金髪の男。
死んだ時の光景がフラッシュバックして気分が悪くなる。
「あの男が魔王の一人でございます。魔王は別の女神から選ばれ、それぞれが種族の違う魔物を使役する能力が与えられております」
「あの男が魔王…?なんで魔王に女神から能力が与えられているんだ?」
普通は勇者側の人間に協力するのが女神の仕事だろ。
俺の疑問にロキは困ったような表情で、
「それは、今回の異世界転移ゲームがそういう仕様になっているからでございます」
そう答えた。
「は?異世界転移ゲーム?」
「はい。そもそも異世界転移とは神々の暇つぶしとして行われている遊びでございます」
…ふざるけなよ。
そんなことのために俺は命を賭けさせられているのか。
俺が感じた恐怖も絶望も、こいつらの娯楽として消費されているっていうのか。
怒りが湧いてくる。だが、俺以上に怒りを感じている女の子がいた。
アイリスはテーブルに身を乗り出して、持っていたフォークをロキの喉元に突き立てた。
フォークの先端は見えない壁に阻まれたように静止している。
「ふざけないで!私の村は、ただの暇つぶしの見世物としてあんな風になったっていうの!?」
叫ぶアイリスの手は細かく震えている。
彼女は必死に力を込めているのだろうが、ロキにダメージは一切ない。
ロキは心から楽しそうな表情を浮かべる。
「えぇ、そうでございます。神崎様とアイリス様のご活躍を神々の皆様は大いに楽しまれておりました。」
「お前みたいな奴が神だなんて…!!」
アイリスの表情が憎悪に染まる。
俺はその表情を見たことがなかった。
彼女のそんな表情を見ているだけで胸が痛む。
「アイリス様、お座りください」
ロキがそう命じると、アイリスの体がゆっくりとテーブルに沈む。
「何をした!?」
「ただ神としてアイリス様に命じただけでございます」
俺は慌ててアイリスの体を抱き起こし、肩に手を当てる。
アイリスの顔色は青白い。
「…大丈夫か?」
「うん…なんとか…」
アイリスの声は力ないものだった。
俺はロキを睨み付ける。
「神々の皆様から、神崎様とアイリス様のお二人のご活躍が見たいと強い要望がございましたので、特例としてアイリス様もゲームへ参加していただくことになりました」
ロキはニコニコと笑顔を絶やさない。
まるで自分が善意の塊であるかのように、自信満々に話す。
ロキはテーブルの上に銀色のコインを3枚置いた。
「こちらはアイリス様に賭けて頂くコインでございます」
「…アイリスも巻き込むつもりかよ」
テーブルには金と銀のコインが各3枚ずつ並んでいる。
「えぇ、アイリス様も神崎様と同じ場所からのスタートになります。それでは、ゲームを始めましょうか」
ロキはルーレットの盤を回して、白球を取り出す。
そして、勢いよくルーレットの盤上に白球を投げ入れた。
「さぁ、今一度神崎様とアイリス様はエルデリアに舞い戻り、新たな物語が始まるのでございます」
ルーレット盤上を回転する白球を恍惚とした表情で見つめながら、ロキは歌うように話す。
「…俺達が魔王に勝ったらどうなる?」
「何でも好きな願いを一つ、叶えて差し上げます」
「…忘れるなよ、その言葉」
「えぇ、もちろん」
白球はやがて回転する力を失い、ルーレット盤上に転がる。それは、赤色の数字を捉えていた。
「赤の32番。ガレリア山脈でございます。それでは神崎様、アイリス様。いってらっしゃいませ」
ロキの言葉が耳に届くと同時に、視界が真っ暗に染まった。
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