第12話

 体力に自信のある宇門だが、試着室を出るときには頬に影ができていた。一方で、八重と彩華は高揚でチークが色濃くなっていた。恭子は試着室に入らず、剣人から人一人分離れて立っていた。宇門を見た瞬間、まつ毛の陰りが弾けた。

「八重も彩華も腕前の凄かぁ。青柳さんのスタイル活かされとる!」

 宇門の髪型は変わっていない。ボタンすら装飾のない白のカットソーとインディコブルーのスキニー・ジーンズを着るのみ。黒のスリッポンスニーカーを履こうとすると、八重に没収された。代わりにクリアのビジューが付いた赤のローヒール・パンプスを履かせられた。

「青柳さんさぁ、バストとくびれのバランスが良かけん、もっと強調せんばしないと

「これでもっとカッコよく、かつフェミニンになるやろ?」

 宇門は返事をする気力が残っていなかった。長年女性であることから逃げていたので、一つのコーディネートを創り上げるのに費やすエネルギー量を把握できていなかった。宇門一人分だけでなく、それを毎日繰り返している八重と彩華は尊敬に値した。恭子も、二人に比べたら質素ではあるが、清潔感がある。バイトを休んでいる理由から立ち直れずにいる状況でもそのイメージを崩していない点についても、宇門にとっては感服の一言だった。

「でもいきなりどがんしたとどうしたんですか。彼氏さんまで連れてきて」

 恭子の発言に八重と彩華も便乗すると、宇門と剣人は顔を合わせて舌を吐いた。

「同僚ってだけでもおぞましかとに。こいつにプライベートまで土足で踏み込まれるとか無理」

「俺のセリフだ。なんが悲しくて」

「でもこの服と靴、買ってあげるとでしょ」

 彩華が問うと、剣人が封筒をレジに持っていった。

「領収書

「ホントに彼氏じゃなかとねじゃなかったんだ

 恭子が呟いた。

「でもよかたいいいじゃん! あの事務所、おしゃれして仕事できるなんて最高やし。ね、今からデートしようよ、青柳さん」

 八重が宇門の腕を掴み、宇門の全身が分岐振り子になった。

「いや、仕事中やしだし佐野こいつも役には立っていないが勤務時間内やけんだから

 宇門の振り子化が激しくなった。彩華まで加担したので、慣れないローヒールパンプスでバランスを崩しそうになった。

「私あの事務所のしとる仕事内容いっちょん全然知らんとですけど。女性の青柳さんに危なかことなんてさせとらんですよね?」

 恭子の意図を汲み取った。剣人ともそのことを話していたのではないかと思い立った。

「多以良さんが気にすることではなかない。自分の選んだ道ば進まんでどがんどうする。そいでそれで誰かの手助けになるんなら本望ばい」

「君は何か勘違いしとるごたるみたいけど、こい(これ)は元々俺たちが抱えとる案件に必要なもの。君一人の事情になんて構っとられんかまっていられない

 ショップの出入り口で、乾いた音が弾けた。

「撤回せろしろ

 宇門が剣人を見上げていた。

「人が立ち上がろうとしとるのを踏みにじるモンではなかない。今すぐ彼女に謝れ」

 宇門が胸倉を掴むと、恭子らが目をつむって抱きついてきた。

「青柳さん、目立つから」

そいにそれにハサミば持てんたい持てないじゃん

「服! 値札付いたままですよ!」

 宇門は剣人の左頬以上に赤化した。

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