第10話

「青柳、お前正気か」

「佐野さんの狂気が役立つだけです。彼女さんの服ば貸してください。今長崎こっちにおるとでしょ」

 剣人の顔が引きつった。天玄ブラックコーヒーを飲むのを止めた。

「佐野くんは私が心配せんでも、プライベートでも上手くやっとるとね。青柳くん、彼女さんはどがんどんな印象やった?」

「彼女さんというより、佐野さんがぞんざいにあつこぅていましたね。こんこの坂の多か長崎に来てくとっとに、スーツケースばさっさと持ってやらんとですよ」

「そいは聞き捨てならんな。長崎は坂だけでなく階段の多か。佐野くん、青柳くんから気遣いってモンばなろぅて、彼女さんのためにしっかりやらんば」

 剣人は二人に挟まれ、反論を許されなかった。

 その日、天玄は一万円札を宇門に渡し、女物の服一式を購入するよう指示した。宇門の提案を渋々受け入れたのだ。

「こいばかりは、佐野くんにしっかりフォローしてもらいなさい。君が女性だからというより、私が勝手に心配しとるからなんやけど」

 下がった眉に、宇門は親近感を抱いた。社会人になってからはとくに、宇門を心底気にかける年上を知らなかった。天玄に心配されると、宇門自身が幼子に戻った気持ちになる。

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