第9話

 捜索開始より十日目の朝。宇門は体内時計ではなく、カーテンの隙間を刺す朝陽で目が覚めた。就寝時も身につけていたブレスレットの粒に朝陽が閉じ込められて、アクリルビーズが天然石のように見えた。宇門の亡母、桃代ももよの趣味はビーズを用いた手芸だった。

「母さん」

 光の中に桃代の魂が入り込んでいる気がして、呟いた。

 しかし宇門を呼ぶ声は聞こえず、代わりのもう一つのビーズ集体が朝陽を反射した。毎晩左手の小指にはめて居る指輪だ。送り主を思い出し、宇門は声に詰まった。警察官と探偵、人のアラを探す道を選ぶ理由となった人だ。

 その人は宇門の夢ですら会いに来てくれない。宇門は仕事への意気込みや成果も伝えることが叶わない。心に留めた姿をみるとき、宇門は本来の性を思い出さざるを得ない。

「女……そうか!」

 布団から起き上がり、プラスチック製衣装ケースに手をかけた。白無地のカッターシャツとTシャツ、黒無地のスラックス、リブ柄で黒の靴下、そしてお情け程度に女物だと判別できる下着。宇門が望むものは何一つ入っていなかった。

 一度スマホを見るが、社会人との垣根を社会人が奪うわけにはいかないと目を離した。

 次に思い浮かんだ顔に吐き気を催した。他に伝手がないため、宇門は仕方なくスマホをもう一度取った。

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