第8話
宇門は海岸沿いにあるファミレスで恭子を待った。八重と彩華はパフェを頬張り、宇門はブラックコーヒーを啜っていた。宇門はある日を境に甘いものを一切摂らなくなった。月日が流れるうちに、パフェの見た目にさえ抵抗を感じるようになっていた。
「
宇門は八重と彩華の多彩な表情に眼差しが綻んだ。SNSへのアップロード用写真のためだけに、真剣にスマホを構える。スマホを手放した途端、トッピングの果実よりも弾けそうな笑顔に変わる。生クリームを口に入れると一瞬で目が細くなる。感情を自由に出せた時代はすでに遠い。
「あの人じゃなかや? 今日はパーカーば着とらすね」
「最近そうなんよね。体のラインば隠しとる気のする」
彩華はパフェグラスに入っているコーンフレークをスプーンでかき混ぜて言った。その隣で八重が大きく手を振った。
「多以良恭子さんですね。突然の呼び出しやったのに、来てくれてありがとうございます。ここは」
「私らのパフェ代、全部青柳さんの奢りやけん! ほら、恭子も何か注文
「小田切さんが言うことか?」
八重は宇門に耳を貸さず、向かいのテーブルを軽く叩いた。恭子は会釈しながら椅子を引いた。
「自分のドリンク代くらい、払えますよ」
「いや、今日は自分のわがままやけん、キミは何も気にせんでよかよ。
それでようやく、恭子は注文用タブレットを手に取った。注文確定ボタンを押すと、八重と彩華は腑に落ちない表情になった。
「ガトーショコラだけ? せっかく青柳さんとのデートなのに?」
八重の口角にはチョコレートソースが、彩華の顎下にはホイップクリームがついていた。
「デートって、そいは恋人に使う言葉やろうが。しかも相手と二人きりの場合だろ」
「よかやん、細かいことは気にせんでも。そいよりさ、青柳さんのフルネームば教えてもらうとが優先事項やろ? 私ら、
八重が歯茎をむき出しに笑った。彩華は恭子に、一口が小さいと注意していた。
「そがんとは覚えんでよかと。ほら、小田切さんたちはバイトがあるとやろう……今日は助かった。ありがとう」
「青柳さん、また私らを呼んでね」
宇門と恭子は、席に留まったまま二人を見送った。
「キミの友人たちは元気ばい」
「はい。おかげで毎日大学が楽しかです」
「その割にはずいぶんと疲れた顔ばしとるたい。夜道で
そこで、恭子はガトーショコラを食べるのを止めてしまった。
「私、奨学金ば借りててバイトもしとったとに……怖くて夜道に出られんごとなったんです。特にグラバー園周辺は。園内経路にアイスのお店があるでしょう。私のバイト先なんです。ずっと休んでもお金は入ってこんけんって自分に何度も言い聞かせたとですけど、どうしても足が岩のごと重ぅなって。こんままではでけんって分かっとる分、自分が許せんで」
「あの二人はこのこと」
恭子は首を左右に振った。その瞬間眉間の皺が深くなった。
「あの二人は本当に優しかです。いつも私を気遣ってくれて。本当は自分のお小遣いの心配せんでもよか子たちやけん、自分の趣味に合わせた遊びだってしたかやろうに。いつも私の事情を優先してくれるとです。あのときだってあの二人しか頭に浮かばんで、電話に出た途端、みっともなかぐらい大声で泣いてしもうて。こい以上心配ばかけとぅなかです」
恭子は下唇を噛んでいた。宇門も冷めたコーヒーを啜る気になれなくなっていた。
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