第7話
小学校訪問から五日経つと、宇門は、剣人が眼鏡をかけた女性に腕を掴まれているのを見かけた。孔子廟傍にあるオランダ坂でのことだった。
「車で送らないなら、せめてスーツケースを持ちなさいよ。長崎の坂をナメるな」
「だったらこっちに
女性が睨み上げると、剣人は舌打ちをして女性のスーツケースを持ち上げた。欧米州の観光客が持って来県するスーツケースと大きさが同じだった。
宇門も舌打ちしていた。仕事中に異性と合っている男など、天玄の右腕として相応しくないと思った。大浦海岸の界隈において、天玄の浮ついた話を一度も聞いたことがない。また女性である宇門に対してプライベートの詮索を一度もしたことがない。むしろ朝から晩まで働き詰めの天玄を、宇門がプライベートへの支障を心配するほどだった。
それなのに剣人は自由出勤であることを利用して、剣人に会いたがっていた女性をあしらっていた。女性をその気にさせておいて、と宇門は剣人を汚らわしく感じた。宇門は視界に自分を入れたくないがため、二人に気付かれずその場を去った。
その後、宇門はオランダ坂の近くにある私立女子大学近辺を周遊し、変質者がいないことを確認した。すでに退庁していたが、宇門はその大学では有名人で、この日も通りすがった学生の九割が宇門に声をかけてきた。
「警察官の服ば着た青柳さんと、もっと写真撮っておけばよかったばい」
「ってか青柳さんなら、女の人でも付き合ってよかかも」
「大人をからかうな。ところで最近、ここらへん人の出入りの多かね? スーツケースば持っとる人もおるし。何かイベントでもあると?」
すると二人の学生がスマホを取り出した。
「知らんとー? 今、長崎市民はグラバー園にタダで入れるとばい」
「
学生の一人が宇門にスマホの画面を見せてきた。紫色のアイスドリンクにカットレモンが添えられている写真だった。
「こいにレモン汁ば入れると、色が藍っぽくなるとばい。流行に疎い青柳さんは、バタフライピーなんて知らんろー?」
先日、天玄は宇門がグラバー園で休日を過ごすのを勧めていた。学生の発言で、宇門はそれを思い出した。人の安否に携わる仕事をしている限り、宇門に一般人のような休日が不要だと思っているからだ。
「私ら、青柳さんの休みに合わせてデートするよ? 私服姿の青柳さんも気になるし」
「美味しいアイス屋だってあるし。青柳さん、アイスば持つと意外とインスタ映えするかもしれんね」
宇門本人をよそに、学生二人だけで盛り上がっていた。
「あ、でもさすがに夜のグラバー園は避けたがよかかもね」
「
宇門が尋ねると、学生の涙袋が痙攣した。
「
「男が?」
「そん子アイドル
宇門はその学生を紹介するよう頼んだ。すると二人は迷いながらも承諾した。
「ちょっと待っとって。LINEで聞いてみる。授業中かもしれんけん、あとで青柳さんに連絡ばするね」
「他ならぬ青柳さんやけん、悪かことにはならんやろ」
宇門がLINEをスマホに入れていないことを告げると、二人は喉奥が渇くほど声を吐き出した。
「信じられん! 青柳さん、絶対若かやろうに」
「ちょっとそこのファミレスに行こう! Wi―FiがあるところでLINEばインストールせんば!」
「自分は別に、電話とショートメールがあれば十分なんやけど。ほら、君たちも予定とかあるやろう?」
二人は自分の電話番号を渋々教えた。この日は二人とも夕方からアルバイト勤務を控えていた。
宇門は受診したショートメールより、二人の電話番号と名前をスマホのアドレス機能に登録した。
宇門が二人と一旦別れようとすると、恭子からの返信が八重のスマホに届いた。
「今日、授業が早く終わったとって。今からオランダ坂ば降りるって
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