第7話長男と長男その2と(2)

「ヘラ様?」


「ひゃあっ!」


 ビックリして、思わず悲鳴を上げてしまった口を両手で塞ぎます。後ろを振りかえると、こちらもまた驚いた顔をしているテティスがいました。


「どうなさったのですか、こんな所へ」


「ええと、その……少し話を、良いかしら? 出来ればあの部屋に居る男には、わたくしが来た事を知らせないで欲しいわ」


「?? ええ……はい、わかりました。それでしたらこちらへどうぞ」



 テティスの後について行き、洞窟にある奥の部屋へと案内されました。


 バクバクしている心臓をなだめながら、ゆっくりとテティスに事情を話していきます。


「まさか……ヘパイストスがヘラ様とゼウス様の子供……」


「ヘパイストスと言う名前なのね。お願いよ、テティス。この事は一緒に育ててくれているエウリュノメ以外には誰にも言わないでちょうだい。御礼なら幾らでもするわ」


「でもヘラ様、彼は容姿はともかく、創り出す工芸品や武器の数々は他に追随を許さない程のもの。神々に役立つ物を創れば、ゼウス様も彼を認めて下さると思いますよ」


「だめ、だめよ! ゼウス様は完璧なお方。その伴侶であるわたくしも完璧でなければならないのに、醜い子を産んだりしたら……。あの子の腕が確かだと言うのならわたくしの子という事ではなく、ただのヘパイストスとして活躍してくれればいいわ。わたくし陰ながらこっそりと応援するから、だからお願いテティス、何でもするから、ね?」



 ズビズビとみっともなく鼻を啜りながら懇願すると、テティスがついに折れました。こくんと縦に首を振ります。



「わかりました。これまで良くして頂いたヘラ様の頼みを断ることなど出来ません」


「あっ……、ありがとう」


 テティスの方手を握りしめて御礼を言うと、もう片方の手で、わたくしの涙をハンカチで拭いてくれました。


「その代わりと言っては何ですが、彼の出自は秘密のままで構いませんので、オリュンポスへ迎えてあげる事は出来ないでしょうか。この様な海中の洞窟で過ごし続けるなど、宝の持ち腐れと言うもの。是非あの子の才能を活かしてあげてください」


「……分かりましたわ。ゼウス様にお話しして、天界で暮らせるようにお願いしてみましょう」


 捨てた我が子を夫に秘密のままそばに置くのは少々不安ですが、仕方ありません。それにわたくしだって息子の成長は気になりますもの。

 



 という訳で、ゼウス様にヘパイストスが作った工芸品や不思議な作品の数々を見せると、天界で住むことを許可して下さいました。


「ヘラ様が貴方の為に、この様な立派な鍛冶場を作ってくださいました。ここで仕事に精を出して下さい」


 全ての事情を知るイリスが、ヘパイストスに説明をします。


 これまでの罪滅ぼしと言いますか……せめて彼の能力が最大限に発揮されるよう、わたくしが天界に鍛冶場を作りましたの。もちろんこんなことで、海に投げ捨てた事をチャラにしようなんて思っていませんわよ!! でも陰ながら応援したいし甘やかしたいのです。


 天界へとやって来たヘパイストスは、イリスからあれこれと説明を受けて、最後に自分の住処兼仕事場を見ると、深々とお辞儀をして礼を言いました。


「私のような者の為にありがとうございます。身に余る光栄にございます」



 ダメだわ。


 後ろめたさから目も合わせることが出来ません。御礼の言葉を受け取る資格など、本来ならないんですもの。



「礼なんて要りませんわ。せいぜい皆の役に立つ物を作る事ね」


 ふんっとそっぽを向くと、イリスが苦笑いしております。

 うううっ。どう接していいか分からなくてつい、つっけんどんな言い方をしてしまいました。


「まず手始めに、アレスに槍を作ってやってちょうだい。どんなに激しく戦おうと壊れたりしないような、そんな槍を作れるかしら?」


「かしこまりました、やってみましょう。……アレスは羨ましいですね。母親からその様なプレゼントを貰えるとは。私を産んだ母とは大違いで羨ましいです」



 ――――――っ!!



 ぐさぐさぐさーーーー!っと胸に言葉の刃が突き刺さります。

 返す言葉もありません。


 もういたたまれなくなってきて、早々にここを立ち去りたい気分です。


「戯言を言ってないで、さっさと作業に取り掛かりなさいな。それから、わたくしもゼウス様も忙しいのだから、あんまり手を煩わせないこと。分かりましたわね?」


 ヘパイストスから返事が返ってくる前に、そそくさとその場を後にします。ゼウス様とはまた違った意味で、彼の前ではもう心臓が持ちません。

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