第6話長男と長男その2と(1)

 後日、デメテルお姉様は大地からの恵に制限をかけて、ゼウス様は全ての火を地上から取り上げました。

 豊穣と大地を司るデメテルお姉様ならちょちょいのちょい、でしたわ。


 これまで洞窟などの自然にあった家から自分達が建てた家に住み、田畑を耕したり家畜を飼ったりとキツい労働をするようになった上、火を使うことが出来なくなった人間たちは途方に暮れているようです。


 プロメテウスの奴は人間達に知恵を授けて、何とか助けようとしているみたいですけれどね。



 さあ、あんな男の話は脇に置いておきましょう。


 わたくしのお腹にいた赤ちゃんは無事に産まれて、すくすくと育っておりますわ。ほら、噂をしていたら向こうから息子のアレスがやって来ました。


「ヘラ様ー!」


 ぶんぶんと降っている手には槍を、もう片方の手には楯。戦いを司る神ですの。


「庭でお茶をしているんですか? いいですね。俺にも一杯頂けますか」


「ああ、アレス。貴方はまた人間達の争い事に首を突っ込んで来たの? お茶の前にまずはその血で汚れた服を何とかなさい」


 アレスの身体は人間のだか自分のだか分からないような血糊でびっちょびちょ。この子ったら、人間達の戦にすぐにちょっかいをかけて回って……。

 アレス自身は神ですから、人間に槍で刺されようが剣で切られようが死ぬことは無いので心配はしていませんけど、なんと言うか……ねぇ……。

 我が子ながら野蛮ですわ。


 「はいはい、分かりましたよー」と着替えに行ったアレスを、目頭を抑えて見送ります。



 アレスは男としての魅力をたっぷりと詰め込んだかの様な超美男子。アフロディテの男バージョンとでも言ったらお分かり頂けるかしら?

 

 まるでお腹の中に置き忘れてしまった、長男の美貌全てを吸収したかのよう…………はっ! わたくしったら、またあの子の事を考えてしまいましたわ。


 ごくごくとシデリティスティーを飲んで心を落ち着けていますと、着替え終わったアレスが向かい側の席に座りました。


「あー面白かった。今日は人間のヤツらを3人まとめて串刺しにしてやったんだよ。味方をしてやった方は大喜びさ。まぁお陰で槍の穂先がボロボロになって、そろそろ新しいのに変えたいなあ」



 頭が痛くなってきましたわ。「そう」とだけ答えてティーフードのデーツを口に運びます。


「もっとこう、ガンガン斬っても刺しても新品のままかのような、そう言うのが欲しいんだよな……あっ! そうだ、ヘラ様。テティスとエウリュノメの所に腕のいい鍛治職人が居るらしいんですよ。そいつに頼んでみようかなー」


「まあ、テティスとエウリュノメの所に? それは知らなかったわ」


 テティスは海神ネレウスとドリスの娘で、ドリスはわたくしを父クロノスから匿い養育してくださったオケアノス様とテテュス様の娘。

 テティスは100人もの姉妹が居るものですから、ご両親は育てるのもまぁ大変。という事で、オケアノス様達とのご縁があって、わたくしがテティスを引き取って養育したのです。ゼウス様と結婚する前の話ですけれどね。



 エウリュノメはオケアノス様とテテュス様の娘ですから、この女神もよく存じ上げておりますわ。


「なんでもそいつ神らしいんですけど、誰が親なのか分からないんだそうですよ。海を漂っていたところを2人が拾って育てているらしいんですけど、足が不自由な上に醜い事この上ないってニンフ達が言っておりました」


「あ……足が不自由で海を漂っていた……?」


 ニンフと言うのは貴方達に分かりやすく言うとしたら「妖精」とか「精霊」かしら。神に仕える存在で、歌や踊りでよく楽しませてくれるのよ。


 それにしても、何かしら。この動悸は。

 身に覚えがあり過ぎで嫌な予感がしますわ。


「海中の洞窟でひっそりと暮らしているそうですけど、それ、どこかなぁ。ヘラ様、テティス達が何処にいるのか知りませんか? 俺の武器、作って欲しいんですよね」


「えーと、ええ、そうですわね。大体の場所なら分かりますわ。わたくしが頼んできてあげましょう。久しぶりに2人の顔を見たいですし」


「本当ですか?! ありがとうございます!」


 ぐびぐびとシデリティスティーを飲み干すと、上機嫌でアレスは去って行きました。


 これは自分の目で、その男を確かめに行かなければ……!


 

 翌日、オリュンポス山から下りて海へと向かいます。

 海で遊ぶニンフ達にテティスとエウリュノメが最近よく行く洞窟の場所を聞いて訪れると、洞窟の中からカンカンと金属を叩くような音が聞こえてきました。



 この中に、もしかしたらかつてわたくしが捨てた息子が居るかもしれない……。



 ゴクリ、と生唾を飲み込んでこっそりとドアの隙間から中を覗いて見ます。


 そこに居たのは脚が湾曲し、いかにも足の悪そうな男。目鼻立ちが悪く角張った顔にはモサモサとした髪が乗っかっております。



 あれは……。あれは間違いなくわたくしの……





…………………………………………

神話メモ〜(o^-^)φ


この方達、とっても名前が紛らわしい( ¯^¯ )

テミス→2人目の妻だった神で伯母。掟を司る。

メティス→1人目の妻で知恵の女神。

テテュス→海神オケアノスの妻。ヘラを養育した

テティス→ヘラの1人目の息子を拾った海の女神。ヘラに育ててもらった

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