第8話長男と長男その2と(3)

 数週間後、ヘパイストスが作った槍が出来上がった様で、アレスがとっても喜んでおります。

 受け取る時に同席してはどうかとゼウス様に誘われたのですが、なるべくならヘパイストスに会いたくないのでお断りしました。


 でも、息子が作った作品が気になって気になって……。


 それで今こうやって、木の陰に隠れてこっそりと皆の様子を伺っておりますの。ヘパイストスとアレス、ゼウス様の他にも何人かの神が、ヘパイストスの作った槍が如何程の物なのか見物しにやって来ています。



 アレスに手渡されたのは黄金色に輝く見事な槍で、美しい装飾と宝石がキラキラと輝いております。


 早速使い心地を確かめようとアレスが庭で、人に見立てた人形相手に槍を振るうと、刃こぼれすること無く次々と切り裂いていきます。



「素晴らしい出来栄えだね。オリュンポスに住まう神が使うのに申し分の無い武器だ」



 ゼウス様が拍手をしながらヘパイストスを褒めております。


 やっぱり彼はゼウス様の息子。息子が夫に褒められていると、わたくしまで嬉しくなりますわ。


「本当だな! お前、見た目はブッサイクだけどいい腕してるよ。これからもよろしく頼むなっ」


 アレスがニカッと爽やかな笑みを浮かべながら、ヘパイストスの肩をポンポンと叩きました。



 まったく、あの子ったら一言多いのだから!



 でも集まって来ていた神々達も彼の容姿を見ながらクスクスと笑っております。



「哀れなヘパイストス。その容姿と足では、お前の母親の気持ちも分からないでは無いわ」


「まあ幸いにも手は器用なんだ。存分にその腕を活かせばいいさ」



 やっぱり……。

 やっぱりみんなバカにしますわよね。息子をバカにされて悔しいけれど、何も言えない自分が何とも惨めです。

 ヘパイストスも言い返すことも、ましてや睨み付けるなんてことも出来ないので歯噛みをして耐えているようです。


 木の影から悶々としてその様子を見ていると、ゼウス様が皆が黙るようにパンパンと手を叩きました。


「さあさあ、戯言はその位にしておきなさい。ヘパイストス、君の腕前は確かなようだ。僕の住まいを新しく建ててくれないかい? 今の神殿はヘラと結婚する前から使っているから、新しく彼女好みの物にしてあげたくてね」



 まっ、まぁ! なんて事!!

 ゼウス様がわたくしの為にそんな事を考えて下さっていたとは……! 幸せすぎて昇天しそう……いえ、ここが天界ですからすでに昇天しておりますわね。なんて言い表せばいいのかもう思いつきません!


 モンモンからウハウハに変わったところで、次のゼウス様の言葉に一瞬で我に帰りました。


「ねえ、ヘラ。君も新しい神殿が欲しいだろ?」



 え?


 なんでゼウス様、こちらを見ていらっしゃるのかしら?


 まさかこっそり見ていたのがバレて……?


「さあヘラ、そんなところに居ないで此方へ来たらどうだい? ヘパイストスの作った槍をもっと近くで見てご覧よ」


 ゼウス様の視線の先を、他の神々も不思議そうな顔で見つめます。


 明らかにバレてますわね、これ。


「まっ……まあゼウス様、皆様もごきげんよう」


「あれ、ヘラ様。そんな所でどうしたんです? 今日は忙しいから来れないとゼウス様から聞いていたのに」


 おずおずと木の影から顔を出すと、アレスが早速、要らないことを言ってくれました。


「えーっと、ええ。忙しかったのですが、ほら、わたくしの息子に渡される槍がどの様な物か確かめたくて見に来ましたの。何せわたくしがオリュンポスへの仲間入りを推薦しましたでしょう? 粗悪品でしたら大変ですわ」


 ヘパイストスが「粗悪品だと?」と小声で不機嫌そうに呟くのが聞こえました。

 わたくしったら、ぜんっぜんアレスの事を言えません。何でこう言う物言いになってしまうのかしら。


 アレスから手渡された槍をまじまじとよく見ると、金で出来た柄の部分には細かく美しい模様が彫られていて、それでいて持ちやすく重さもきっとアレスには丁度よさそうな具合です。並の鍛冶屋では、こんな手の込んだ美しく実用面にも優れた武器は作れないでしょう。


「そうね、わたくし武器の事はよく分かりませんけど、なかなかの出来ではないかしら。これならゼウス様とわたくしの住まいを任せられそうですわ」


「だそうだよ。どうだい? 建ててくれないな」


 ゼウス様に問われたヘパイストスは、もちろん首を縦に振るしかありません。


「どの神々よりも上に立つ御2人に頼まれては、断るという選択肢は無いも同然。請け負いましょう」


「ちょっと貴方、その言い方は何?そこは「喜んでお引き受けします」でしょう? まるで嫌だけどやるしか無いみたいな言い方だわ」


「いっ、いいのよデメテルお姉様。気にしてませんわ。後でわたくしの要望をパピルス紙にまとめて渡すから頼んだわよ」


 憤慨するデメテルお姉様達をなだめながら、神殿の中へと引っ込みます。


「まったく、何かしら。高々鍛治職人の分際で」


「ほんとそうだな。それに見たか? ヘラ様が現れた時のヘパイストスのあの顔。親のかたきの様な目でヘラ様を見てたぞ」


 西風の神ゼピュロスの言葉に、思わずしょんぼりと項垂れてしまいます。

 きっと先日、わたくしが冷たい物言いをしてしまったせいだわ。


「きっとわたくしのどこかが気に入らないのでしょう。仕事さえきちんとこなしてくれれば、放っておけばいいのよ」


「おお! ヘラ様は御心が広い」


「それよりもゼピュロス、イリスに会いに来たのでしょう? 今日はわたくしの事は気にせず夫婦で楽しんできなさいな」


 ゼピュロスはイリスの夫。彼は普段はトラーキアの洞窟に住んでいるのでイリスとは別居状態にありますが、仲が悪いわけではありません。

 わたくしがイリスを重宝しているせいなので、彼もオリュンポスに来たらどうかと誘ったのですが、自由気ままな洞窟住まいが好きなようです。


「御配慮痛み入ります」


「それから、ニンフにちょっかいをかけてないでイリスを大切にして欲しいですわ」


「あー、えーと。ええ、もちろんですよ」


 キッと睨み付けると、ゼピュロスは一礼をしてそそくさとイリスが居る部屋へと向かっていきました。


 デメテルお姉様がふーっ、と溜息をつきます。


「ヘラも知ってたのね」


「もちろんですわ。イリスはわたくしの大事な腹心。浮気は断固反対です」



 少し前の話、ゼピュロスはニンフのクロリスを強引に誘拐したのですわ!


 クロリスの友達のニンフ達が、泣いて嫌がるクロリスを助け出してゼピュロスをお説教したみたいで……数というのは恐ろしいですわね。ゼピュロスだってかなり上位の神ですのに。何十人ものニンフ達に詰め寄られ、こてんぱんに言われたようです。


 結局見兼ねたイリスが仲裁に入って、反省したゼピュロスがゼウス様にクロリスが神へと昇格出来るように願い出て来たところを先日、目撃しましたの。夫の不始末にイリスは涼しい顔をしていましたけどね。


「これだから男は信用ならないわ」


「ふふっ、シチリア島に居るコレーは元気かしら?」


「それが、アレスがコレーに求婚しに来たのよ! もちろんコレーに会わせる前に、そんな願い出はへし折ってやったけどね!」


 コレーはゼウス様とデメテルお姉様の子供です。もちろんわたくしとゼウス様が結婚する前に出来た子供ですので、浮気相手のお姉様やコレーにまでとやかく言う気はありません。


 デメテルお姉様はとにかくこのコレーを溺愛しておりまして、処女を誓わせて男たちが近づかないように、シチリア島でニンフ達と一緒に暮らさせているのですわ。


「まあ、そうでしたの? アレスにひとこと言っておきましょう」


「よろしく頼むわ」



 男神達は、とにかく何故だか処女が好き。


 ゼウス様が他の女に目がいかないように、わたくしも気をつけなければなりませんわね。

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