第20話 体育倉庫(隆之介視点)
俺は可憐や海斗との会話はなるべく変えないように前回をなぞって話して来た。おかげで体育倉庫のイベントまで来れた。
「起立、礼、ありがとうございました」
だが、何も変わらないことは可憐ハッピーエンドに向かっていると言うことだ。
「おっ、隆之介ちょっと来てくれるか」
前の時間軸では俺が教室を出ようとした時、担任の水野先生に呼び止められたんだな。ここも以前と同じだ。
「急いでるんですけど、他の人じゃダメですか?」
「この机を一緒に職員室まで運んで欲しいんだよ。女子には頼めないしな」
「じゃあ、運びますよ!」
以前の俺は急いで運ぼうとしたが、別に急ぐ必要はない。机を職員室に運んでも可憐救出に余裕で間に合う。
「中に何か入ってるんですか?」
「大事なものだからね。気をつけてよ」
それにしても何が入ってるんだろうか。階段を気をつけて上がり、机を職員室まで届けた。
「はあっ、疲れたよな。少し休んでくか? お茶くらいなら出すよ」
「いえ、少し急いでますので」
「そうだったな。悪い悪い」
俺は体育倉庫に向うため職員室を出ようとした。
「あっ、隆之介くん?」
「ごめん、ちょっと急いでるから……」
「この娘、熱が出たらしいの。保健室まで連れて行ってくれないかな」
「他を当たってよ」
「ちょっと!!」
悪いが、このイベントまで解決していたら時間が足りなくなる。
「おそーぃ!!」
俺が行くと、体育倉庫の裏から顔を覗かせる美憂の姿があった。
「ごめん、ちょっと講師に呼ばれていた。大丈夫、間に合うからね」
「そっか、分かってるんだよね」
「うん」
俺は美憂の隣に隠れた。
それにしても美憂は可愛いよな。体育倉庫の裏側には小さな換気用の窓が開いてるんだが、前と同じくそこに届かないのか小さな椅子に乗って覗いていた。
「どうしたの?」
「いや、ちょうどいい背丈だよな」
「背はそんなに小さくないんですからね」
「そうだな」
美憂の顔は真っ赤だった。いつも並ぶ時一番前にいるから、美憂は小さいと思う。
「女の子は小さい方が可愛いよ」
俺がそう言うと明らかに不満そうに口を尖らせた。
それにしても、この世界から抜け出すことはやはり出来ないのか。囚われた世界からの脱出は、とても叶いそうにない。
「子供じゃないんだよっ!」
そうだ。この時、初めて鈴が落ちたんだ。俺はポケットの中の鈴を握り締めた。ただ、鈴は何も言わずにただ、そこにあるだけだった。
「そう言えばさ、この鈴……ここで初めて美憂のポケットから落ちたんだよ」
「あっ、そうか。前の時間軸ではわたしが持っていたもんね。今の時間軸のわたしはいつの間にか無くしたと言うことになってるみたいね」
そうか。完全に同じところをなぞってるわけではないんだな。
「これ、美憂に渡しておこうか。なんか、これ持ってると落ち着くって言ってたから」
美憂はこちらをじっと見て大きく首を振った。
「何かあった時にその鈴が唯一の鍵になるんだよね。なら、隆之介が持ってる方がいいよ」
「分かったよ。じゃあ、持ってるよ」
確かに俺が持っていた方がいい。本当に前回と同じく過去に戻れるか分からないし、そこまで行きたいとも思わないが……。
「あっ、来たみたい」
美憂の真剣な声が体育倉庫裏に響く。
「その、こんな人気のないところで何を……」
小窓から見ると体育倉庫の外に立つ可憐と海斗の姿があった。
「分かるだろ。体育倉庫の中でやることと言ったらさ。ほら、来いよ」
海斗の腕が可憐の肩を抱くのが見えた。
「えと、その……こんなところで……その……」
「ここの方が燃えるだろ」
「燃えるなんて、そんなことない……よ」
前と同じ光景だ。不思議と慣れてしまっている俺がいた。本当はそれでは駄目だと分かっている。可憐は幼馴染でありヒロインと言う
海斗は可憐の肩を抱いて倉庫の中に入る。俺は前と同じ後悔をしたくはない。そうだ、この世界の住人は海斗を中心に回っている。なら、その海斗を問い詰めればいいじゃないか。
「えと、その……ここ埃っぽいし……いけないよ」
「そんなこと言って、ここは濡れてるじゃないか」
海斗の手が可憐の股間を弄る。
「あっ、……ダメだよ。そんなところ……汚いよ」
「でもよ、ここは正直だよ。なあ、たまらないんだろ! 俺もさ、ほら見てみろよ」
海斗は可憐の頭を後ろから無理やり押す。
「ほら、おっきくなってるだろ! 嬉しくねえか。可憐がおっきくしたんだよ」
「わたし、何もしてないよ」
「これからするんだよ!!」
海斗はズボンのチャックを下げて、可憐をそこに押し付けようとした。
「行ってあげて!!」
俺は前と同じく体育倉庫に入った。
「お前!! 何、勝手に入ってきてるんだよ!」
「なあ、海斗。お前、何を知ってるんだ。なぜ、この世界がお前にだけ都合よく出来てるんだ?」
「はあっ? お前何を言ってるんだよ」
俺は美憂を助けたい。海斗がプレイヤーキャラならば、奴も何か知ってるはずだ。
「隆之介くん、何を言ってるの?」
「可憐は黙っていてくれ。なあ、海斗どう言うことだ。この世界はどうなってるんだよ!」
「隆之介! 駄目だよ! そんなこと言ったら、可憐ハッピーエンドではなくなっちゃう!」
「そんなことどうでもいい。俺は可憐もだけど、美憂を救いたいんだ」
「やっぱり、真実を知ってしまったら、そうなっちゃうか……」
「そうなっちゃうかって?」
「ありがとう。隆之介くんがわたしを守りたいと言う気持ち、凄くよく分かってた。でも、それじゃあ、わたしがこの十三年間して来たことが全く意味がなくなるんだ」
美憂は俺の前に立って少し悲しそうな表情をした。
「……隆之介、ごめんね」
そこに海斗が割り込んできた。
「美憂、どう言うことなんだよ。お前も隠れていたなんて……」
「アクセス三十二行目から四十目までを書き換えてください。隆之介くんをPCキャラからNPCキャラに移行!」
突然俺の身体は言うことが聞かなくなった。そして、まるで前回をなぞるように俺の体が動き出す。
「可憐、逃げるよ!」
「うっ、うん!」
どう言うことだ。俺を勝手に動かしてるお前は誰だ。何が起こってるんだ。
俺はただ、隆之介が勝手に動くのを何もできず見ているだけだった。
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