第16話 最初から(隆之介視点)

「やっぱり、ここに来るんだね」


 屋上の手すりを掴んだ美憂はこちらに振り向くこともなく、呟くように言った。


「なぜ、俺が来たと分かったんだ?」


「知ってるからだよ」


 知っている。と言うことは、俺がここに来ることも可憐ハッピーエンドへ至る道なのか?


「知っているって、なぜ?」


「可憐ハッピーエンドは、このラストで確実なものになるんだよ。隆之介くん、あなたは必ずわたしに会いに来るんだ」


 いや、俺は可憐ハッピーエンドではなく、美憂ハッピーエンドにしたいんだ。


「朝霧さん! 俺さ」


「その後の言葉は言っちゃダメなんだよ」


「ちょっと聞いてよ!」


「だから、ダメなんだって……、隆之介くんも分かってるでしょう。可憐ハッピーエンドだって本来はあり得なかったことも……」


 やはり、可憐ハッピーエンドがあり得ないことも知っていたのか。俺は何度もプレイしたが、一度も美憂が助けてくれることはなかった。


「デバッグモード……」


「なんだよ、それ」


「隆之介くんが最初に目覚めた地点からだと、本来はバッドエンド確定ルートなんだ。でもね」


 美憂はゆっくりと俺の方へ振り返った。


「開発者が残したデバッグルートがあるの。そのルートに辿り着くためには、わたしと桜坂で出会う必要があった」


 美憂はニッコリと笑った。


「そして、隆之介くんはわたしの言う通り動いてくれた。おめでとう、あなたは可憐ハッピーエンドに到達したんだよ」


「なぜ、……朝霧さんはそんなことを知ってるんだよ」


「それは言えないんだよ。言ったら魔法が解けちゃうからね」


 やはり、美憂はプレイヤーキャラなんだ。だからこそ、このルートを選択できた。


「じゃあさ、もしかしたら朝霧さんへのハッピールートだってあるかもしれないじゃないか?」


「わたしへのハッピーエンド?」


「そうだよ。俺は……」


「駄目! その先を言っちゃダメなんだよ!」


 目の前の美憂は悲しそうにゆっくりと首を振った。


「美憂ハッピーエンドは、全ての選択肢が決まってるの。その一つでも間違えたら、絶対に入れない。デバッグモードだって存在しないんだよ!」


 美憂は俺の手を握った。


「だからと言って悲観することもないんだよ。わたしだって海斗に抱かれるわけじゃない」


「えっ!?」


「全てはもうすぐ終わるんだ」


「どう言う……」


 俺が言い終わる前に屋上のドアが開いた。振り向くと海斗が怒りの形相で立っていた。


「隆之介!! お前、ふざけんなよ!!」


 海斗の目には俺への怒りで一杯だった。隣にいる美憂さえ見えていない。


「ここは俺に都合のいい世界のはずだ。なのに、なぜ、お前は俺の邪魔をする。しかも、まるで俺の行動がわかってるようにさ!!」


 そして、一歩、一歩と近づいてくる。


「もう、終わりなんだよ! ふざけんなよ」


 手に何か握ってるのが見えた。光るもの。まさか、あれはもしかして……ナイフ……。


「お前、何を……!!」


 俺が言い終わる前に海斗が俺に向かって走って来る。


「死ねや!!」


「……ダメ、隆之介くんは殺させはしない!!」


 その瞬間、美憂が素早く動いた。美憂が俺と海斗の間に割って入る。


 ナイフがスローモーションのように出された。一瞬、海斗が驚いた表情をして、振り下ろすのを止めようとするが、一度振り下ろされたナイフは止まらない。ナイフはそのまま美憂の胸を貫いた。血がドクドクと溢れてくる。そのまま美憂が俺の方にゆっくりと倒れてきた。


 美憂の身体はとてもやわらかく、まるで、その身体は鳥のようだった。


「……美憂、なぜ、なぜお前が盾になるんだよ! 俺……俺が刺したんじゃねえぞ、ねえからな」


 そのまま、叫びながら海斗は逃げて行った。俺は美憂に目を移した。美憂の身体から血がドクドクと流れ出している。


「朝霧さん!! 朝霧さん大丈夫? そうだ救急車だ」


「大丈夫だよ!」


 美憂は震える手で俺の手を取った。


「朝霧さん、待ってて! 救急車呼んで来るから!」


 美憂は首をゆっくりと振る。


「これでいいんだ。これで全て終わるんだよ! もう、誰も可憐ちゃんには……手を……出せないからね」


 俺は美憂をギュッと抱きしめた。


「美憂を助けたい! 俺は美憂が好きなんだ!!」


「ダメだよ。わたしはもう助からない。隆之介くん、ありがとう。ちょっとの間だったけど楽しかった……よ」


 美憂の手がそのまま力無く落ちた。


「みゆうっ――――――――っ!!」


 その瞬間、美憂のスカートのポケットから鈴が落ちた。


「チリーン」


 錆びて鳴らないはずの鈴が大きな音を立てた。その音は透き通るような音だった。


 俺はその鈴を手に取ってみた。持ち上げようとしてまた落とす。


「熱っ……」


 鈴は熱湯に入れられたかのように熱かった。


「なんだ、これは……」


 そのまま、鈴はもう一度地面に落ちた。


「チリーン」


 耳にハッキリと鈴の音が届く。


 その瞬間、空を見て驚いた。何が起こってるんだ。今まで東から西へ向かってゆっくりと動いていた雲が逆方向に凄い速度で動き出した。


 その速度はどんどんと早くなって朝になって、やがて夜になった。


 路上を走る車が凄い速度で逆に走っていく。景色が目まぐるしく移り変わった。地球が逆回転してるのだろうか。いつの間にか抱いていた美憂の姿が消えていた。


 昼夜の区別もつかない速度で夜と朝が繰り返される。俺はその中で意識を失った。



――――――



「隆之介、聞いてんのかよ、おい」

 

 再び意識を取り戻した俺が振り返るとそこには海斗がいた。目の前には美憂の姿がなく、海斗の手にナイフは握られていなかった。


「ようっ、俺さ。お前のこと無茶苦茶ムカつくんだよね。決めたよ、お前が好きになった女全員の処女を奪ってやるからな」


 時間が戻ったのか。手を開くとそこにはさっきまで屋上に転がっていた鈴が握られていた。


 熱くないのか……。古びていて、転がしても鈴の音なんかしない。


「聞いてんのかよ! おい!」


――――――


 お守りの鈴のくだりを入れたのは、この展開のためでした。


 一周目が思いの外長くなってしまいまして、すみません。ここからは早く行きます。


 応援いただけるとありがたいです。

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