第15話 俺はやはり(隆之介視点)

 映画館なんて何年ぶりだろうか。ヒキニートだった俺が映画館に行ったのは親と行った小学生の頃だった。


「これ、見たい!」


 隣ではしゃぐ可憐は、恋愛映画を指差した。いかにも女子の好きそうな映画だ。別に美憂はどの映画を見てと指定して来なかった。


「じゃあ、これにしようか」


「うんっ」


 俺は可憐が好きなラブストーリーを選んだ。


 映画のストーリーは単純明快だった。身分差の恋に苦悩するふたり。お互いの関係は近づいていくが、家柄が合わない。結婚について苦悩するふたりが最後に選んだ答えは別れると言う選択だった。




――――――




 カランカランカラン……。


「いらっしゃいませ」


 映画を見終わり、喫茶店でコーヒーを頼む俺と紅茶を頼む可憐。


「悲恋ものだったねえ。知らなかったよ」


「本当だよな。まさか、別れるなんて、なんかモヤモヤする終わり方だったよな」


 可憐も話題になってたから見たが内容までは知らなかったようだった。


「隆之介との恋は悲恋ものにはならないよね」


「えっ!?」


「いや、違う……かな。わたしたちは付き合ってるわけじゃないんだよね」


「いや、まあ、そうだな」


「付き合っても……いいけどな」


 可憐はボソリと聞こえるか聞こえないかくらいの小さい声で呟く。そうだ、可憐は俺との距離を近づけたい。この言葉に同意することで、俺は可憐と結ばれるのだ。


「いや、でも冷静に考えると、俺たちは付き合ってはいないよな。幼馴染のくされ縁というやつかな」


 一度、話し出したら止まらない。俺は可憐と結ばれたくないのか。


「隆之介は、わたしのこと好きじゃないのかな?」


「……ごめん」


「海斗からは守ってくれるのに?」


「幼馴染の可憐を放っては置けないよ」


「それだけ?」


「それだけじゃないかな」


 俺はどうしても可憐の気持ちに応えることができなかった。


 美憂が必死になって作ってくれたルートだ。このまま行けば可憐ハッピーエンドに到達できる。俺は幸せになれるんだ。ヒキニートだった35年のクズのような生活。それに比べてなんて幸せな響きなんだ。


 これからの幸せが約束された世界。俺はじっと強く目を閉じた。


 だが……、俺はどうしても可憐の気持ちに応えられない。


「そっか……お姫様なんだね」


「えっ?」


「お姫様が好きなんでしょ?」


「そんなことは……」


「嘘……。電話でお姫様と話す時の隆之介、凄く楽しそうだった。わたしと話す時と違ったもの」


 このシナリオは可憐ハッピールートだ。美憂ハッピーエンドなんて迎えられるわけがない。でも、それでも俺はどうしようもなく美憂に引かれていた。その時に、LINEの到着音が鳴った。


「お姫様だよね」


「ちょっと見てみるよ」


 俺は慌ててスマホを開いた。


(おめでとう。後は海斗を撃退するだけだよ。それで可憐ハッピーエンドは決まる。今から出ていけば、バッタリと海斗に会うよ。大丈夫、絶対に勝てる)


「そろそろ、出ようか」


「えーっ、お姫様に返信返さなくていいの?」


「いいから、いいから……」


 俺は可憐を急がせて、喫茶店を出た。


「おまっ……」


 喫茶店を出てすぐ目の前に海斗がいた。取り巻きは十人。本当にここから逃げ出せるのかよ。


「可憐、ちょっと待っててね」


「……海斗……」


「お前、俺の女に何してるんだよ!」


「可憐はお前の女ではない!」


「ふざけんなよ!」


 海斗はそう言うといきなり俺に殴りかかってきた。まずは右ストレート、左に避ける。今度は左、俺はしゃがんで避けた後、海斗に向かって飛び込んだ。


「うわっ、何すんだよ」


 いきなり飛びかかられて驚いた海斗は転ぶ。取り巻きが俺を取り押さえようとしてきた。


「可憐、逃げるよ!」


「えっ! うっ、うんっ」


 俺はそのまま、可憐の手を取って海斗の横をすり抜ける。取り巻きたちは呆然とするだけで俺を取り押さえようともしない。全ては昨日、美憂が言ったとおりだった。俺はそのまま可憐を引っ張って走った。


「はあっ、はあ……」


「凄いよ、あの海斗から逃げるなんてさ」


「昨日、朝霧さんに言われた通り行動しただけなんだよ。本当に助かった」


「凄いね。お姫様……、なんでも分かるんだね」


「本当に凄いよ。こんなにうまくいくとは思わなかった」


 その時にまた、スマホが鳴った。今度は電話の着信音だ。俺は慌てて取ると美憂の声がした。


(おめでとう。これでフラグは残り一つだよ。それはわたしが解決することだから大丈夫だよ)


 そこで、美憂は一旦区切った。


(ここまで、ちゃんと動いてくれてありがとう。これで隆之介くんは救われるよ)


(ありがとう。それと朝霧さんは大丈夫だよな。海斗に何もされないよな)


(わたしのことは心配しなくてありがとう。大丈夫だよ。隆之介は自分のことだけ考えてね)


 そうして、通話は切れた。


「なんて……」


「お幸せにと言われた」


「隆之介は、それでいいの?」


 これは可憐ハッピーエンドだ。本来であれば俺はこの問いにうんと答えるべきだ。でも、俺は……。


「ちょっと、行ってくるよ」


「分かったよ。隆之介、応援してるからね!」


 俺は気づいてしまった。俺は美憂が好きだ。他の誰よりも……。美憂は何も知らなかった俺に色々アドバイスをくれた。そのおかげで可憐は救われた。でも、このままでは美憂を救うことができない。


 このシナリオは可憐ハッピーエンドであると同時に美憂バッドエンドなんだ。


 俺は美憂を助けたいと思って学校に向かって走った。


 美憂がそこにいると言う確証はない。だが、なぜか俺は美憂が学校の屋上にいる気がした。



――



次のお話でこのお話の仕組みが分かります。

長すぎたと反省してます。

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