第14話 喫茶店にて(隆之介視点)

 カランカランカラン。


「いらっしゃいませ」


 俺が扉を開けると珈琲のいい香が鼻腔をくすぐる。コーヒーミルがコーヒー豆を挽いて、ポタポタと貯まっていく様子が見えて、本格珈琲好きには、ちょっと人気の喫茶店だ。


「こっちだよ!」


 店の窓際の一番見晴らしのいい席に美憂が座って手を振っていた。


「お連れ様でございますね」


 ウエイトレスはどうぞ、と美憂の前の席に案内すると椅子を少し下げてくれる。俺はゆっくりと座ると美憂の方を向いた。


「俺も同じものを頼むよ」


 メニューを開けることもなく美憂の前に置かれたホットコーヒーを頼む。ウエイトレスは持ってきたメニューを下げると承知いたしました、と言って厨房に戻って行った。


「いろんな珈琲があるんだから、選べばいいのに」


 美憂は珈琲を手に取ると一口飲んだ。


「朝霧さんの方こそ、珈琲で良かったのか? 苦いって言ってなかったっけ?」


「だから、砂糖とクリーム多めだよ!」


 美優の前の珈琲をよく見るとたっぷりとミルクが入れられてウインナー珈琲のように白くなっていた。


「ここまでするなら、ウインナー珈琲頼めばいいのにさ」


「いいの! 本格珈琲の味を楽しみたかったんだからね」


 俺は、はあっと溜息をつく。ここまでミルクが入っていたら本格珈琲じゃないだろう。


「何よ、何か言いたげなようですけども……」


 俺の表情に気がついた美憂があからさまに頬を膨らませる。背伸びをしたい年頃なのだろう。そこが可愛いのだけれども、ブラックで飲むのが一番美味しいと思ってる俺からすると邪道と感じてしまう。


「ホットコーヒーでございます。ご注文はお揃いでしょうか」


 ウエイトレスが俺の前に同じ珈琲を置いた。


「うん、大丈夫です」


 そのまま軽く会釈をして厨房に戻っていく。俺はコーヒーを喉に流し込むと美憂をじっと見た。珈琲の話をしにきたのではない。どうして美憂が未来を知っているのかだ。


「電話で話していた可憐ハッピーエンドと言うのは、どう言う意味なんだ。現実世界にハッピーエンドなんて言葉はないのだが……」


 この世界が美少女ゲームの世界なのは俺が一番よく知っている。ただ、もし美憂がNPCであれば、現実世界と感じているはずだ。


「確かにそうだね。この世界がフラグ管理された世界でなければ、ハッピーエンドなんて言葉は使わないよ」


「フラグ管理された世界とはどう言うことなんだ?」


「隆之介は気づいてないかな? この世界が海斗に都合よくできてるってことをね」


 確かにこの世界は海斗に都合が良すぎる。可憐も美憂もバッドルートに入れば海斗に寝取られる。そもそもハッピーエンドへのルート分岐が初期に集中していて、少しの見落としでバッドエンド直行だ。


「で、このルートからでは、ハッピーエンドにはもう入れないと言うことだよな」


 俺の言葉に美憂はそうだね、と相槌を打つ。


「もう、バッドエンド直行しかない。そう言うことだよな」


 同じことを繰り返すと美憂は首を傾げた。


「本来ならそうかもしれないね。でも……」


 美憂はそこで一旦切る。何も話さないで、俺をじっと見つめていた。


「本当にそうなのかな?」


 やはり、美憂は俺の知らないことを知っている。


「普通なら、そうかもしれないね。でも、わたしはハッピーエンドに到達できる道を知っているんだよ」


「なぜ、朝霧さんがそんなことを知っているんだ?」


「わたしが隆之介を助けるために配置されたキャラだからかな?」


 どう言うことだ。ここは俺がプレイしてきた美少女ゲームの世界ではないのか。


「これは、明日言おうと思ったんだけどね。明日、映画を見た帰り道にバッタリと海斗に出会うんだ」


「えっ!?」


「取り巻きをたくさん連れてね」


「じゃあ、映画館なんて行ったらダメじゃないか」


「うううん、これがハッピーエンドへ至るフラグの一つだから避けてはならないんだよ」


 美憂は俺を助けるために配置されたキャラクター。なら、美優もNPCなのか。とてもそうは思えなかった。そもそも、ゲームでの美憂はお姫様と言われる通り高飛車な性格で、俺を助けてくれることなんてあり得なかった。


「可憐ちゃんとデートしてることに逆上した海斗はあなたに殴りかかってくる。まず右ストレート。隆之介は左に避けて。次は左ストレート、身体を落としてね。後ろからモブが掴みかかろうとするから、前に逃げて海斗に体当たりして、倒れるからその隙に可憐ちゃんの手を握って逃げて。モブは海斗が指示しないと動けない。大丈夫、これであと一つフラグを越えれば可憐ハッピーエンドが確定するんだよ」


「なぜ、美憂はその……、未来を知ってるんだ?」


「だから、言ってるでしょ。わたしは可憐ハッピーエンドへのアドバイスをするために配置されたキャラクターなんだってさ」


 そう言って美憂はニッコリと笑う。本当にそうなのだろうか。俺は全く釈然としなかった。


「まあ、後もう少しで海斗は可憐へ手出しをしなくなるからね。大丈夫だよ、わたしが保証する」


 美憂は俺に手を出してくる。俺はその手を握った。


「絶対に隆之介、あなたを助けるからね」


 その言葉が自分に言い聞かせてるように聞こえて俺は不思議な気分になった。


 やはり、美憂は何かを隠している。可憐ハッピーエンド……、それで本当にみんな・・・幸せになれるのだろうか。


「大丈夫だよ。隆之介は・・・・幸せになれる」

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