第7話 可憐の部屋(隆之介視点)

「朝霧さん、ありがとう。じゃあ行くね」


「うんっ、頑張ってね」


「朝霧さんの方こそ、すぐに、ここ離れた方がいいよ。もし、海斗が戻ってきたら、やばいからね」


「うん、すぐに帰るから大丈夫だよ」


 俺は美憂と別れて、隣の可憐の家に向かった。本当にこの世界が美少女ゲームの中だと分かる。現実だとお隣さんが、異性の幼馴染って展開殆どないだろう。


 少なくとも俺の隣は老夫婦と子供のいない家族だった。


 インターフォンを鳴らすと可憐の母親が出てきた。


「隆之介くん、こんばんは。あれ怪我してるけど大丈夫?」


「気にしないでください。少し大きく転けてしまって……」


「痛そうだけど……、後でバンドエイド持ってくるわね」


「本当にお気遣いなく。それより可憐いますか?」


「可憐なら家にいるよ。さあさ入って入って……、何があったの? 家に帰ってくるなり、可憐部屋にこもってしまってるわよ」


「ありがとうございます」


 それにしてもなんてセキュリティの甘さだ。転生前の俺ならまず女子の部屋には入れない。いや、むしろ通報されるレベルか。


「ごゆっくりぃ」


 母親は階段下で手を振ってくる。2階までついて来るんじゃないのか。まあ、可憐も俺の部屋に何も言わずに入ってくるし、お互い様か。


 部屋の扉には可憐の部屋と可愛い文字で書かれていた。本当に女の子の部屋らしいよな。俺はドアをノックした。


「入って来ないで!」


 おっと、凄く分かりやすい反応だよな。


「さっきからこの調子なのよね」


 いつ階段を上がってきたのか? 絆創膏とお茶と茶菓子を乗せたお盆を持った可憐の母親が隣に立っていた。


「可憐、ごめんな。あの、……ホテルで……」


 俺がその続きを言おうした時だった。扉が大きく開かれる。


「ママありがとう。隆之介、入ってよ!」


 可憐は母親からお盆をひったくるように奪ったと思うと俺の手を引っ張った。よくお盆からお茶がこぼれないよな。俺はどうでも良いことに感心する。


「頑張ってね!」


 扉が閉まる寸前に可憐の母親が手を振ってきた。


「はあっ、ねえ。何考えてるのよ!」


「いや、可憐こそ、その海斗なんかと……唇まで……」


 それを聞いた可憐は頬を赤らめた。


「ちょ、どこでそれを聞いたのよ?」


「海斗から直接聞かされた」


「はあっ、あいつならやりかねないよね」


「なぜ、海斗なんかとホテルへ……」


「分かったわ。何もかも話すから、とりあえず座って……」


 可憐はどうぞとベッドに座って隣を叩く。


「えと、良いのか?」


「いいって、ここしか座るとこ無いわよ」


 いや、目の前には椅子もあるしさ。でも、確かにこのゲームで俺はここに座っていた。


「じゃあ、座るよ」


 俺はドキドキしながら隣に座った。部屋には可憐の匂いが充満している。いかにも女の子のいい匂いだが美憂とは違う香だった。部屋はピンクを基調としていて、ぬいぐるみや小物が溢れていた。


「えとさ、その……海斗に話しかけられたのは一月と少し前。嫌なやつだな、と思った。なんか、隆之介とは正反対でさ、あーこいつわたしの身体目当てで話しかけてるな、って感じたんだよ」


「なら、どうして……」


「分からないわよ!」


「えっ!?」


「何故か分からないけど、嫌いって気持ちは変わらないのに、一緒にいるとドキドキするんだよ。こんなの初めてで、キスされた時も、その隆之介にごめんと言う気持ちと、なんか嬉しいって気持ちがぐるぐる回って本当に気持ち悪くて……。ね、訳分からないでしょ?」


「……そうかな。訳がわからなくもないと思う」


「あまり、驚かないんだね」


 フラグ発動だ。今回、よく助け出せたと思う。一度、フラグが発動したら、どんなに俺が声をかけても手遅れなんだ。


「多分、それは好きとは違うと……、思う」


「……そうなのかな……、その自分の気持ちが……正直言うと……、分からないんだよ。なぜ、ドキドキするのか。何故、その……ホテルまで……その、ごめん……」


 可憐は俺の身体に顔を埋めた。可憐の低いくぐもった声が部屋に響く。手が小刻みに震えていた。


「泣いてるところ見られたく無いからさ。暫くこのままで……」


「分かったよ」


「わたしね。多分、隆之介がいなかったら、ホテルに入ってたと思う。頭の中がぼーっとして、本当は行きたく無いんだけど、拒めなかった」


「そうか、海斗に、……その抱かれたい?」


 可憐はこの言葉に暫く何も言わなかった。答えは分かってるんだ。このゲームを何度もプレイしてきた俺なら分かる。可憐は海斗のことを……。


「……抱かれたく……、無い……」


 可憐の嗚咽が聞こえた。だろうな。これは強制フラグが発動しているせいだ。可憐の気持ちは関係ない。海斗との一定のイベントが発動したから、可憐はキスをした。その後、ホテルイベントが発生したからホテルに行っただけなんだ。


「そしてね。海斗もきっとわたしを好きじゃないと思う。隆之介から奪ってやろうとする黒い感情がわたしに声をかけた。だからわたしを無茶苦茶にしたいだけだと思う」


「可憐はこの後どうなるかも……」


「分かるよ。海斗には愛がないもの。ホテルに一度行ったら、わたしは感情を止められなくなる。そうなったらきっと堕ちるところまで堕ちるだけだよ」


「ごめんな。ずっと見ていて気づいてあげられなくて……」


「何言ってるの。全てわたしが悪いのよ。この気持ちも本当に最悪。わたしは汚れた女なんだよ。隆之介のこと……そのす……なのに、海斗から逃れられない……本当に最低だよ」


 違う……、それは可憐のせいじゃないんだ。全てはフラグのせい。この狂った世界のせいだ。


「隆之介、こんなわたしだけどひとつだけわたしのお願い聞いてくれる? もちろん拒絶してくれていい。本当にわたし、最低だからね」


「いや、そんなことは……」


「いいの。最低で……、ただ、もしも隆之介が少しでもわたしを助けたいと思ってくれるなら、助けて欲しい! わたし、海斗なんかに抱かれたくない!!」


 可憐は俺から離れた。苦しかったのだろう。その瞳は涙で揺れていた。フラグが確定した世界で可憐を救うことなんて可能なのだろうか。でも、今の俺はこう言うしかなかった。


「分かった。俺は可憐を助けるよ!」


「ありがとう」


 可憐は涙を拭った。


「それとさ、その怪我、結構やばいよ。大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。俺は打たれ強いからさ」


 可憐はお盆から絆創膏を取って俺の顔に貼ってくれる。


「いたたたたっ」


「もう、じっとしてよね」


 いや、かなり痛いんだって。


「ありがとう。こんなになってまで、わたしを助けてくれて」


 俺は心の底から可憐を助けられて良かった、と思った。その時、可憐のスマホの着信が鳴る。


「誰から?」


 スマホを手に取った可憐は暫くひきつった顔をしながら……。


「……えと、そのさ。……うん、友達からのラインだよ。うん……」


 本当にそうなのだろうか。その割にはかなり焦っていたし、ラインの内容も見せてはくれなかった。




――――――



さあて、どうなりますやら。

海斗の思い通りにさせないぞっと……。


そんなに簡単にいくかわかりませんが。


応援よろしくお願いします。


皆様の応援が海斗から救います。


多分🤔

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