盧循1  范陽盧氏の末裔

盧循ろじゅん、字は於先おせん。小名は元龍げんりゅう。宋書ではしばしば盧元龍として書かれる。西晋せいしん司空從事中郎しくうじゅうじちゅうろう盧諶ろしんの曾孫にあたる。その双眸はギラギラとしており、瞳が4つあり、草書、隸書、囲碁などを得意としていた。


沙門しゃもん慧遠えおんは人物鑑定に長けていた。盧循を見てこう語っている。

「あなた様には各種風流にこそ長けてございますが、およそ人に従うことはできますまいな」


盧循は孫恩そんおんの妹を娶っていた。孫恩が乱を起こすと、盧循もその謀略に参画した。孫恩は残忍な性格であり、何かをしでかそうとするたびに盧循がいさめて止めるのが通常であった。これによって命を救われたものも多く、孫恩が死亡したとき、みなが盧循を主に推挙した。


403 年正月に東陽とうようを、八月には永嘉えいかを襲撃。しかし劉裕りゅうゆうに撃退され、晉安しんあんまで追撃を受ける。追い詰められた盧循は海伝いで番禺ばんうにまで逃れ、廣州こうしゅうを襲撃、刺史の吳隱之ごいんしをその座から引き摺り下ろし、自身が州の実権を握った。平南將軍へいなんしょうぐんを自称し、朝廷には使者と献上品を送る。使者の到着時、建康では桓氏かんしの討伐が済んだばかりであり、中外には課題が山積していたため、盧循についてはいったん征虜將軍せいりょしょうぐん廣州刺史こうしゅうしし平越中郎將へいえつちゅうろうじょうとした。




盧循,字於先,小名元龍,司空從事中郎諶之曾孫也。雙眸冏徹,瞳子四轉,善草隸弈棋之藝。沙門慧遠有鑒裁,見而謂之曰:「君雖體涉風素,而志存不軌。」循娶孫恩妹。及恩作亂,與循通謀。恩性酷忍,循每諫止之,人士多賴以濟免。恩亡,餘眾推循為主。元興二年正月,寇東陽,八月,攻永嘉。劉裕討循至晉安,循窘急,泛海到番禺,寇廣州,逐刺史吳隱之,自攝州事,號平南將軍,遣使獻貢。時朝廷新誅桓氏,中外多虞,乃權假循征虜將軍、廣州刺史、平越中郎將。


(晋書100-6)




この盧循の動きはある程度計画的なものだったんじゃないかしら、って思ってるんですよね。なにせ副官の徐道覆じょどうふく始安しあん、建康から番禺ばんうに至るルートにアクセスできる位置のひとだし、慧遠は廬山の人で、廬山と言えば贛水かんすい長江ちょうこうの合流地点。やはり番禺への河川ルートにおける重要拠点です。


まぁ計画的なものだとしたら面白い、ってだけなんですけどね! さすがに番禺に地縁はないでしょうし。とりあえず「最も劉裕を窮地に陥れた男」として、盧循には少しでもゲタを履かせてやりたいのです。

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