羅企生2 即日焚裘

桓玄かんげん殷仲堪いんちゅうかんを倒し、荊州けいしゅうの主として君臨すると、荊州の人士で桓玄に挨拶詣でに向かわない者はいない勢いとなった。しかし羅企生らきしょうは出向こうとしない。むしろ殷仲堪の家の修繕に勤しむ毎日である。


あるものが羅企生に言う。

「桓玄の猜疑心、残忍さを思えば、そなたの示す誠実さや節度を認めることもあるまい。このまま奴に詣でねば、どのような禍が降りかかるとも知れんぞ」


羅企生、きっとなって言う。

「わしは殷侯の官吏ぞ! 侯より國士としての待遇を賜った身でありながら、弟の力尽くの引き留めにより付き従うこと叶わず、結果あのクソゴミカスをともに討ち果たす夢は露と消え果てた! かくて侯は敗れ去られたのだ、いまさらクソ桓に尻尾を振ってどうして生きながらえられようか!」


この言葉が桓玄の耳に届くと、桓玄は激怒。とは言え日々羅企生に対しては好待遇を提示していたため、まずは人を派遣し、こう言わせた。

「俺に謝るなら、許してやるぞ」


羅企生は言う。

「殷仲堪様の官吏である以上、あのお方の存亡もハッキリしないうちに何を謝罪せよというのか!」


桓玄は羅企生を収監した。そして改めて人を派遣し、死ぬ前に何か言っておきたいことはないか、と問う。すると羅企生は答える。


司馬紹しばしょう様が嵇康けいこうを殺したと言っても、その息子の嵇紹けいしょうは恵帝陛下のために命を投げ出す忠心を示しました。ならば侯におかれても、一人は弟を残し、老いた母を養うことをお許しください」


桓玄はその言葉を受け入れた。その後に桓玄の元に羅企生が引っ立てられる。桓玄は言う。

「おれはお前を厚遇しただろうに。どうしておれに背かねばならんのだ? そのせいで、お前は間もなく死ぬのだぞ!」


羅企生は答える。

「あなた様は晋君の元に巣食う邪臣を除かんと立ち上がられ、尋陽じんようにて我が主とともに王命を奉じよう、と誓いの血杯をお飲みになったではありませんか。その血がまともに乾かぬうちに、既に姦計を企みになられた。自ら失敗を招き勢力を養うこともできず、凶逆の者も殲滅できずに終わったのです。死に損ねてしまったことを悔いるばかりにございます」


こうして羅企生は桓玄に殺された。時に 37 歳。人々はみなその死を悼んだ。これより以前、桓玄は羅企生の母である胡氏こしに羔裘、羊皮の上着で、詩経にて「貞淑なる政治家」を象徴する衣類を送っていたのだが、羅企生が殺されたと聞くと、胡氏は即日にその上着を焼き捨てた。




玄至荊州,人士無不詣者,企生獨不往,而營理仲堪家。或謂之曰:「玄猜忍之性,未能取卿誠節,若遂不詣,禍必至矣。」企生正色曰:「我是殷侯吏,見遇以國士,為弟以力見制,遂不我從,不能共殄醜逆,致此奔敗,亦何面目復就桓求生乎!」玄聞之大怒,然素待企生厚,先遣人謂曰:「若謝我,當釋汝。」企生曰:「為殷荊州吏,荊州奔亡,存亡未判,何顏復謝!」玄即收企生,遣人問欲何言,答曰:「文帝殺嵇康,嵇紹為晉忠臣,從公乞一弟,以養老母。」玄許之。又引企生於前,謂曰:「吾相遇甚厚,何以見負?今者死矣!」企生對曰:「使君既興晉陽之甲,軍次尋陽,並奉王命,各還所鎮,升壇盟誓,口血未乾,而生姦計。自傷力劣,不能翦滅凶逆,恨死晚也。」玄遂害之,時年三十七,眾咸悼焉。先是,玄以羔裘遺企生母胡氏,及企生遇害,即日焚裘。


(晋書89-3)



世説新語とかhttps://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054885199758

宋書胡藩伝とか

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891500185/episodes/1177354054893149249

でも、この辺りに絡む話が伺えます。と言うか世説新語は晋書の取材元と同じ史料使ってますよね間違いなく。世説新語を読むとただの不見識、と言う印象もあったけど。晋書で伝の全体が見渡せると、「敢えて忠義に殉じた」という属性もつく訳なんだな、と思い。いやはや、素敵な人でした。


あと詩経にある羔裘はこんな感じ。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918856069/episodes/1177354054935113686

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