今までにない歓喜

梅丘 かなた

今までにない歓喜【カクヨム版】

「俺と試してみない?」

 突然、そんなことを言われて、ジーアスは面食らった。

 試す、というのはおそらく性的なニュアンスだ。

 その男は、金髪で青い目。皮のジャケットを着ている。外見は、ジーアスごのみではある。

「いやなら、無理強いはしない。君次第だよ」

 男は、やさしげにほほえんだ。



   ◆



 ジーアスは、男に与えられた強い快感に驚きながらも、何もできない。何をしたらいいのだろう。

 男の手の動きは、いやらしい。

 恍惚感とともに、ジーアスは果てた。



   ◆



 ジーアスは、ハーブティーを飲みながら、少し前の行為を思い出していた。

 快感だけの行為は、彼を満足させなかった。

 もっと、重くて強いものに支配されてみたい。

 それは、たとえば恋愛だろうか。

 ジーアスは、生まれてから二十四年間、恋愛を一度も楽しめたためしがない。

 恋をしたことはあったが、苦しいだけで、少しも楽しいと思えなかった。

 やはり、恋愛は難しいだろうか、とジーアスは考え直す。

 先ほどのように、性行為だけ楽しんでいればいいのだ。

 誰も、文句は言わない。

 ジーアスが住むこの国、アドラの人々は、同性愛に寛容なのだから。



   ◆



 ゲイが集まる酒場「楽園」で、前にセックスした金髪の男と遭遇した。

 彼とジーアスは、軽く挨拶して、他の男を探し始めた。

 一度体を重ねれば、もうそれ以上干渉しない。

 それは、ジーアスにとっても気楽だった。

 それでも、もう少し重い関係に陥ってもいい、と彼は思った。


 ジーアスは、しばらく一人でカクテルを飲んでいた。

 誰か、魅力的な男が遊びに来ないだろうか。

 今、店の中にいる男たちで、好みの者はいない。


 十分後、店にふらりと現れた男がジーアスの好みだった。

 髪の色は黒、野性的な魅力のある男だ。

 その男は、ジーアスに近づこうとしない。

 向こうは、まだジーアスの存在に気づいていないようだ。

 自分から行くかどうか、ジーアスは迷う。

 あれだけ魅力的な人を逃したくはないが、彼は追いかけられるのが嫌な性格ではないだろうか。

 数分迷った末、飲んでいたカクテルを持って、その男がいるテーブルまで行った。

「ここに座ってもいいでしょうか」

「いいよ。連れはいないから」

 男はそう答えて、ジーアスの目を見る。信用できる相手か、確認しているかのように。

「ここに来たってことは、やはり目的は……」

 ジーアスが緊張しながら聞くと、男は軽く微笑んだ。

「たまには息抜きしたい、と思って来たんだ。本当は、長く付き合える伴侶が欲しいが、それはなかなか難しいからな」

 男は、優しげな声をしている、とジーアスは思った。

「失礼ですが、お名前は? 僕はジーアスです」

「俺は、レイグ。よろしく」

「よろしくお願いします」

「そんなに丁寧に話さなくていいよ」

「分かった。じゃあ、話しやすい言葉で話すね」

 ジーアスが言うと、レイグは店員を呼び、飲み物を注文した。

 飲み物が来るまで、そして来てからも、ジーアスとレイグは様々な話をした。

 レイグは、大きな店の倉庫内で肉体労働をしているそうだ。

 年齢は、二十七歳。

 恋愛する機会があまりない、という点はジーアスと似ていた。

 ジーアスは、自分はデスクワークをしているが、レイグは肉体労働、と考えて、引け目を感じた。

 レイグは、学生時代、同性の先輩に性行為を強要されそうになったという。その場は何とか逃れたが、少しなら応じてもよかった、と後から考えたそうだ。

 ジーアスは、同性の友人が目覚めのきっかけだった。友人の部屋で寝ている間に、その友人が体を愛撫してきて、それが妙に興奮したのだ。

 ジーアスとレイグは、そんな話をし続けた。

「僕はレイグと寝たいと思ってる。レイグはどう?」

「俺も、ジーアスとなら寝てもいい」



   ◆



 先ほどの酒場「楽園」があるゲイタウンの中に、そのホテルはあった。

 若干古い建物だが、ホテルロビーには、灯火やオブジェがあり、趣がある。


 部屋にたどり着くまで、ジーアスは胸の高鳴りを感じていた。

 レイグとは、どんな行為が楽しめるのだろう。


 二人は順番に入浴し、その後ベッドで戯れ始めた。

 ジーアスは、なるべく積極的になろうと思い、レイグの体を撫でた。

 レイグも、ジーアスの体を愛撫してくれた。



   ◆



 ジーアスとレイグは、そのホテルで行為を楽しんだ後、そのまま恋人同士になるという約束をして別れた。

 翌日、ジーアスは、オフィスの中で黙々と働きながらも、生まれて初めての恋人の熱をいまだに感じていた。

 再び、熱い夜を過ごすことになるだろう。

 二人にとって、人生はまだ始まったばかり。

 まだ、二人はいくらでも愛し合えるのだ。

 そのことに、ジーアスは今までにない歓喜を感じていた。

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今までにない歓喜 梅丘 かなた @kanataumeoka

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