第25話 ヌードる

 今日は美術の時間があった。

 俺一推しの授業だ。何故なら教師のやる気がないため、必然的にデッサン等の生徒が自主的にこなす内容になりがちだったからだ。


 勿論描くのはいつものダビデ像。

 といきたいところだったが、今回は二人一組になって互いの似顔絵を描くという内容だった。

 余計なことをしてくれたものだ。


「しかも今日に限って内海は休みだし」


 なんでも風邪を引いてしまったらしい。

 最低でも一、二週間に一度は露出に励む俺はこの数年一度も風邪を引いたことがないというのに、なんとも不思議な話だった。


「誰と組もうかな」


 俺は基本的にぼっちなので、こういう授業だと大抵最後の方まで余る。

 内海がいる今はともかく、それまでは余り続けて結局先生と組んだことも一度や二度ではなかった。


 しかしこの学校の美術教師は教卓に突っ伏して寝ている始末だ。

 他に余ってる人はいないか探してみると、


「白銀か……?」


 隅っこの方で一人、所在なさげに佇んでいる白銀が見えた。

 彼女も組んでくれる相手がいないのか。

 とはいえ好都合だと、彼女の方に向かっていく。


「やあ」

「……え」

「組んでくれる人が見当たらないんだ。君でよければペアになってくれないか?」

「それは……いいけど」


 普段は衆人環視の状況で話さない仲だが、こういう場なら会話しても不自然ではない。

 彼女の対面の椅子に座る。


「ちっ」

「?」


 舌打ちの音が聞こえたので振り返ってみる。

 そこにいたのは例の三人組の女子+αだった。

 これまで見たことのないオドオドした女子は、多分例の恋敗れた女子だろう。


「なんだあいつら」

「目をつけられてるみたい。あたしが一人なのを笑ってたんでしょ」

「意外としつこい奴らだな」

「まあね。でもああいうのはそこそこいるから」


 含蓄のあるお言葉だった。女子の世界で孤高ぼっちを貫いてきただけはある。

 俺はいない者として扱われてきたタイプだったので、同じぼっちでもタイプが違えば苦労も違うんだなぁと思った。


「まあどうでもいいよ。絵描こ」

「そうだな」


 俺の世界に生きていない人間の動向なんてどうでもいい。彼女が気にしてないならそれでよかった。

 というわけで早速キャンバスに鉛筆を走らせる。


「そういえばあなたって結構絵上手なんだっけ。出来上がったら見せてよ」

「構わない。ダビデ像で鍛えた画力を存分に見せつけてやろう」


 普通の人間が逃げがちな全身の骨格や筋肉、重心等の描写をこそ練習してきたのだ。

 そこらの絵師よりは余程上手に人体を描けるという自信があった。


 そうして数十分後。

 授業もそろそろ終わろうかという時間になった頃、俺は鉛筆を置いた。


「できた」

「あたしも」


 会心の出来だ。これなら満足してもらえるはず。

 俺は意気揚々と描いた絵を見せつけた。


「どうだ」

「へえ……!凄い、あたしの顔だ……!こういうリアルな感じの絵って変になりがちなのに、この絵はすっごい上手いね」

「積み重ねてきた時間が違うからな」


 白銀からお褒めの言葉を預かり、気分は正に有頂天。空を飛んでいるかのような心地だった。

 磨き上げてきた得意を褒められると、人間誰しも嬉しくなるものだ。

 鼻高々になっているのが自分でもわか


「……あ、でも首から下がなんか……というより、服かな。服だけめっちゃ下手」

「ぐふっ」

「テキトーだし、線も荒いし、誤魔化そうとしてるのが一目でわかる」


 図星だった。


「なんでこんなに差が……?別人が描いたのってくらい違うんだけど……?」

「それには理由がある」


 俺はダビデ像を好んで描いてきた。

 他の彫像も描いてはきたが、大抵全裸だし、服を着ていてもシンプルかつ誤魔化しもききやすい布服であることがほとんどなのだ。

 つまり、


「裸ばかり描いて衣服を描くことから逃げてきたからイマイチ描き方が分からない……!」

「趣味でやってる絵師あるあるの逆verだ」


 先ほどはそこらの絵師より人体を描けると豪語していたが、逆に服が描けなくなっているだけで本質的には大差なかった。

 ごめんね、ネットの海に羽ばたく絵師さんたち。


「ちくしょーちくしょー、全裸に……全裸にさえなれば……!」

「……ふうん、全裸の絵ならもっと凄いのが描けるっていうの?」

「そうだ、全裸にさえなればもっと上手い絵が……」

「へえ」

「ちくしょー、ちくしょー」


 気分は正に第二形態のセルだった。


「だったら脱いであげるから、描いて見せてよ。あたしのヌードデッサン」


 なんだと?


「えっ今ここで……!?」

「そんなわけないでしょ。放課後、あなたの家で」


 自宅に同級生の女子を招いてヌードデッサンってなにその特殊イベントは。

 他人に聞かれたら正気を疑われそうな会話だった。


「でもいいのか?結構辛いぞ、ヌードデッサンって」

「動かなきゃいいんでしょ?余裕だと思うけど」

「そうかなぁ」


 常に不動の体勢を義務付けられることが一番の苦痛だと思うのだが。

 しかし彼女が望むのならばこれ以上は突っ込むまい。

 俺がこれまで培ってきた技術を存分に振るわせてもらうことにしよう。

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