第24話 Y談おにいさん

「いやー、本当男の一人暮らしの割には綺麗に片付いてるよなぁ。妙な筋トレグッズ除けば女子ウケも良さそうじゃね?」

「妙じゃない。神聖なトレーニングアイテムだ。女子だって見ればやりたくなるはず」

「流石に自宅に懸垂マシンは引くんじゃねぇかな……」


 そうかしら。

 雑談に花を咲かせながら部屋の状況を再確認する。


 白銀の痕跡は消えているはずだ。

 元々彼女は傘以外手ぶらだったし、その傘もシンプルな無地のデザインだったから玄関にあっても違和感を持たれなかった。

 衣服もちゃんと本人が着ている。


 これならバレる心配はないだろう。

 安心してホッとため息をついて、


「ん?おいおい柊一、靴下脱ぎっぱで放置してんじゃねぇか。ははっ、なんだお前にもこういうとこあったんだな!」

「────」


 それは白銀が脱ぎ捨てた黒いソックスだった。

 衣服に気を取られる余り、靴下のことはすっかり忘れていた。

 しかも女子がよく履いてる長いヤツ……!

 大丈夫か、これ男子が持ってても不審がられないのか……!?


「まあ俺もよく同じことやって母ちゃんに怒られてるから分かるぜ。部活帰りとか疲れてるから面倒で放置しがちでさ、そのまま忘れて……」

「ははっ、あるある」


 本当はなかったけど、とりあえず同意して誤魔化しておく。

 どうやら不審がられてはいないようだった。


『ふっ』

「……!」


 クローゼットの方から吹き出すような笑い声が聞こえた気がした。

 後で覚えとけよ。


「っし、じゃあまずは何するよ?ゲームか?この前のリベンジいっちゃうか?」

「いいな。ついでにお菓子も出そう」

「あ、マジ?助かる。俺もちょっとした小袋のお菓子なら持ってきてるから広げて食べるか」


 そして俺はポテチの袋をパーティー開けした。

 ……感動的だ。昔からずっとこうして友達と食べる時限定の開け方をしてみたかったんだ。

 一人でやるのはなんか違うから今までできなかったが、いざやってみるとえも言われぬ感動を覚える。


「クッソー、こいつ強すぎねぇか?」

「ネットで見たけどここをこうすると戦いやすいらしいぞ」

「お?マジか!攻撃回避できた!サンキュー柊一!」

「やんややんや」


 男友達と休日にゲームして遊ぶ。

 楽しくて仕方がなかった。俺はこの瞬間のために生きてきたのかもしれない。

 それは流石に言い過ぎか。


 だがこの調子なら、白銀の存在がバレることもなく無事今日を終えることができそうだ。

 俺は安堵の息を吐きながらゲームを楽しんで、


「そういや柊一、お前の好きな女子のタイプってなんだよ?」

「……!?」

『!』


 突然の爆弾発言に動揺を隠せなかった。


「どうした突然」

「だってお前とそういう話したことねーじゃんか。好みのタイプくらい教えてくれよ」


 普段なら普通の男子高校生らしい会話に花を咲かせていたところだが、今回はクローゼットに白銀がいる。

 彼女に聞かれるのは、なんかこう……恥ずかしい。


「……そういう話はまた今度にしないか?」

「今この時を置いて他にいつするというんだ!」


 しかしやたら圧が強かった。これは断りきれそうにない。

 仕方ない。本当に聞かれたくないこと以外は素直に答えることにしよう。


「じゃあまずは、そうだな……好きな女子の髪型を教えてくれ」

「髪型か。それならすぐに答えられる」


 髪とは露出においても脱ぎ捨てることができない体の部位の一つだ。

 当然、俺が目指す芸術ろしゅつにおいても重視されるポイントとなっていた。


 基本的にダビデ像もヴィーナス像も、肉体の美しさを最大限映させるために髪の毛は頭部で収まるように作られているのだ。つまり、


「ショートだ。長くても肩までのボブカットか、ロングなら纏めててほしいかな」


 そう断言した直後、クローゼットからドン!という大きな音がした。

 何やってんだあいつ。


「お、おい柊一。今の音って……」

「多分クローゼットに詰め込んだ荷物が崩れたんだと思う。さっき急いで片付けたから」

「そ、そうか。ならいいんだ」


 上手く誤魔化せてよかった。


「じゃあ次はちょっと攻めるとして、胸だな!デカい方がいいのか、小さい方がいいのか。どっちなんだ?」


 めっちゃ答えたくなかった。

 けれど下手に否定して白銀の存在に勘付かれるのも嫌だし、何より平時ならこういう猥談もやってみたいと思っていたので、諦めて答えることにした。


「デカいか小さいかなら前者だけど、全体のバランスがちゃんと整ってるかどうかの方が大事だ」


 ……今度はクローゼットから音はしなかった。


「なるほどなぁ。案外理想が高いというか、こだわりが強いタイプだな?お前」

「否定はできない」


 理想がダビデ像な人間なので、自然と女性に求める肉体的魅力のラインも高くなっているのかもしれない。


「んじゃ次は中身だな。どんな性格の女子がいいと思うんだ?」

「性格か」


 あまり考えたことがなかった。

 創作物でいうところのヤンデレやツンデレ、クーデレのような属性区分ならともかく、現実の女性に対して性格で好みを分けたことがなかったのだ。


「うーん難しいところだけど」

『…………』

「普通に可愛い感じの子がいいかもしれない。こう素直に甘えてくるような」


 再びドン!という音が響いた。

 もうなんなんだあいつ。


「お、おおぅ!?またなんか落ちたのか!?」

「ダンベルとか色々詰め込んでるから」

「そ、そうか。賃貸だろうし床へのダメージは抑えた方がいいぞ……?」

「気をつける」


 言ってみたはいいもののしっくりこなかった。

 やはりこれがいい、という女性の内面的好みはなかった。


 強いて言えば気が合う人、俺の露出癖を受け入れてくれる人がいいが、そんな女性が都合よくいてくれるはずもない。


 その後も雑談混じりにゲームを続けること二、三時間。

 午後五時を回ったあたりで、内海は帰ることになった。


「うし、ゲームも一区切りついたしここらで俺は帰るわ」

「分かった。遊んでくれてありがとう」

「友達なんだから当たり前だろ。そうだ、肝心の連絡先の交換がまだだったな」


 内海がLINERのQRコードを見せてきたので、読み取って登録する。

 公式アカウントくらいしかなかったリストに初めて他人の連絡先が追加されてとても嬉しい限りだった。


「じゃあなー!」


 そうして楽しい時間は終わりを告げた。

 さっきまで盛り上がってたのが嘘みたいな静けさに、ちょっとナイーブな気分になってしまう。

 しばらく余韻を噛み締めた後、俺はクローゼットを開けた。


「で、何やってたんだ?」

「……頭うった」


 白銀は痛みを堪えるように頭をさすっていた。

 さっき響いていたのは彼女が頭を打ちつける音だったらしい。


「頭大丈夫か?」

「煽ってる……?」

「そういう意味でなく」


 いや、そういう意味もあるかもしれないが。

 白銀の様子がおかしい。俺の痴態を眺めて楽しんでやろうといっていた人間の表情ではなかった。


「……髪、短い方がいいんだ」

「そっちの方が全身がよく見えるので」

「素直に甘えてくる感じの子の方がいいんだ?」

「それはまあ、どちらかといえば……?」


 白銀はジト目でこちらを見つめてきた。

 何が言いたいのかまるで分からない。

 俺の好みを口に出すことで辱めようという魂胆なのか?

 確かにちょっと気恥ずかしかった。


「ふーん、へえ、そうなんだ」

「…………」


 人前で裸になるのとは訳が違う。

 むず痒くなるような恥ずかしさだった。


「……あたしもそろそろ帰るね」

「え、あ、ああ。あんまりもてなせなくてごめん」

「いいよ。また今度来るから」


 そういって、白銀は忘れていた黒いソックスを履き終えると、玄関へ向かっていった。


「送って行こうか」

「まだ五時そこらでしょ?気を遣わなくて大丈夫」


 なんだかいつもと違う彼女の不思議な雰囲気に、俺はたじろぐばかりだった。

 怒っている……のだろうか?

 何時間もクローゼットに閉じ込めっぱなしにされたら、そりゃあ誰だって怒るだろう。

 だけど、なんとなく違う気がした。


「それと、はいこれ」

「……それは?」

「あたしのLINERのQRコード。連絡取れないと不便でしょ」


 まるで常識人みたいなことを言い出して驚いた。

 当たり前のように突然押しかけてきた奴が言うセリフか?


 けれど友達の連絡先が増えるのは俺としても願ったり叶ったりなので、素直に受け入れる。


「……ん。じゃあね」


 そうして、彼女は帰っていった。

 後に残された俺は首を傾げながら、一日で二件も増えた連絡先に頬を緩ませるのだった。


 月曜日。


「おい柊一、白銀さんいつもと違って今日は髪纏めてきてるぞ!ああいう感じもカッコよくていいよなぁ」

「そうだね」


 心境の変化でもあったのかな。

 何故かチラチラこちらを見てくる白銀に対して、俺は心配の念を向けるのであった。






──────────────────

たまには普通のラブコメみたいな話が書きたかった!

でも裸成分が不足気味なので次回は脱がします

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