第21話 パンツがあるから犯罪じゃないもん!(side白銀エイミ)

 ──その後、あたしたちは無事にショップから脱出することができた。


「死ぬかと思った……」

「社会的にな」


 今でも鼓動がバクバクと鳴っていて、とてもうるさかった。

 口から心臓が飛び出るんじゃないか。

 そう思ってしまうのも無理はないはずだ。


「でもうまく切り抜けられてよかった。ドキドキしたな」

「…………」


 まるでドキドキしてなさそうな冷静な表情、平坦な声でそう言われても信じられない。

 だけど多分、彼の中では焦った方なんだろう。


 今の状況で汗ひとつ垂らさないのは流石におかしいでしょと突っ込みたくなる。

 あたしなんか、まだ恥ずかしいっていうのに。


「〜〜〜〜っ!!」


 抱きしめられた時の感触を思い出す。

 彼の身長とあたしの身長はそう大きくは変わらない。精々数センチ差といったところだ。


 それでも感じさせられた。

 彼は男で、あたしは女なのだと。

 鍛えているというのもあるだろうけど、明らかに体の大きさやゴツさが違っていた。


 そして強く抱きしめられた。

 照れるに決まってる。


 ──こんな露出狂の変態に……!


 すぐにブーメランとなって帰ってくることに気づいた。


「どうした俯いて。見つかるかと思って焦ったのと急に抱きしめられた羞恥とでどういう反応をすればいいか分からないからとりあえず顔を隠してるのか?」

「なんでそこまで分かってて全部言うの」


 しかもこれだ。

 この男、意外と勘が鋭いというか人の気持ちを察する能力がある。


 アホみたいな度胸や、頭のネジが何本か外れた物の考えと合わせて、同じ高校生とはとてもじゃないけど思えなかった。

 サイコパスかな。


「ごめん。さっきも急に抱きついて驚かせちゃったし、お詫びに飲み物でも奢ろうか」

「……あったかいのがいい」

「お汁粉?」

「ん」


 かと思いきや妙に優しかったりもする。

 今まで友達がいなかったあたしにとっては、比較的深い関係を築いた仲だけど、この男に関しては何年経とうが底を掴める気がしなかった。


 彼の背中が遠ざかっていく。

 それを眺めながら気を紛らわせるために、今までどんな人生歩んできたらあんなのになるんだろうと考えた。


「……ダメ。全然想像できない」


 まともな人生を送ってきてないことだけは確かだと思う。思いたい。

 だってまともな人生を過ごした結果があれなら、普通に対する信頼が失われてしまう。

 あたしも人のこと言えた義理じゃないけど。


 育った環境か、或いは本人の素質か。

 多分両方だろうね、うん。


「……っ」


 そうして思考に一つの結論が出ると、もう一度さっきのことが思い出された。

 ダメだ。考えてはいけない。


 彼は妙に倫理的なだけのヘンタイだ。そう認識しておけば照れることはない。


 そう、彼はヘンタイ彼はヘンタイ彼はヘンタイ彼はヘンタイ彼はヘンタイ彼はヘンタイ彼はヘンタイ彼はヘンタイ彼はヘンタイヘンタイヘンタイタイヘンタイヘン心地良か……。


「ぐぅ!」


 変なワードがカチコミをかけてきた。

 このままではいけない。

 なにか、なにか気を紛らわせるものはないか──。


「すみませーん、ちょっといいですか?」

「聞きたいことあるんスけどぉ」

「……うげ」


 その時だった。

 二人組の男に声をかけられた。

 気を紛らわせたいとはいったけど、これは違うでしょ神様。


 これが目当てのお店がどこにあるのか分からず近くにいたあたしに聞いてきた、というストレートな展開だったら問題ない。


 だけどあたしは長年の経験で知っている。

 こういうのは大抵、ナンパの入りだ。


「いやー行きたいとこあんスけど、どこに行けばいいか分からなくてー」

「お姉さんが案内してくれないかなーって」

「…………」


 お姉さんというには若すぎる年齢だ。

 見れば分かるでしょ、と言いたくなったが今のあたしはマスクと帽子をつけている。


 目元と身長だけで判断すれば、高校生ではないと思われても不思議ではなかった。


「すみません。一緒に来てる人がいるんで」

「えー、そこをなんとか!」


 食い下がってこないでほしい。

 昔から何度もこの手のナンパは受けているが、断っても素直にどこかへ行かないタイプは大抵面倒くさい。


 そういうのを避けるためにも、自然と気配を消す技術が身についたのかもしれない。

 気配を感じる特訓をしているからか、そんなことを思った。


 ……それで思い出した。

 今のあたし、全裸コートじゃん。

 一気に危険が増した気がした。


「ちょっとだけでいいからさ」

「ほらいいだろ?な?」

「ちょ、ちょっと……やめてくださいっ」


 腕を掴んでこようとする男たちを身を捩って避ける。

 服を掴まれて、中の裸を見られでもしたらおしまいだ。

 立ち上がって一旦人気のある場所まで逃げようとするが、前に立ち塞がられて邪魔をされる。


「いやっ──」


 身の毛もよだつ恐怖を感じた。

 その時だった。


「俺の友達に何か用ですか?」


 声がした。

 いつものように淡々としていて、けれど微かにいつもと違う色を感じる声が。


「あ?なに、お姉さんの連れ?」

「ンだよガキじゃねぇか。高校生か?」

「それがなにか?」

「俺たちは今大人の会話してんの。邪魔しないでくれるかな?」

「それはできません。一緒に遊んでる最中なので」


 自分より一回りは大きい筋肉質な男性二人に囲まれているというのに、彼は相変わらず顔色ひとつ変えずに冷静に対応していた。


 それが気に食わなかったのだろう。

 男達が目に見えて苛立ち始めた。


「何が遊んでるだよ高校生のくせに!」

「子供は家に帰ってゲームでもしてろ!」

「今時家に帰らなくてもゲームはできますよ」

「あぁ!?」


 というかわざと煽ってるのかもしれない。

 何故かは分からないが、考えがあるのだろうか。


「あんま舐めた口きいてっとぶっ飛ばすぞ!」

「ちょ」


 遂に堪忍袋の尾が切れたのか、男の一人が彼の胸ぐらを掴んだ。

 まずい、殴られる。

 必死に止めようと立ち上がった、次の瞬間だった。


 ──気がついたら、彼が全裸になっていた。


「は?」

「あ?」

「え?」


 いや、正確には下着は履いていた。

 でもそれだけだった。

 上着は胸ぐらを掴んでいた男の手にしっかりと握られていたし、パンツは地面に落ちていた。


 一体何が起こったのか、あたし含めて誰も分からなかった。

 そうしているうちに彼は大きく息を吸い込むと、こう叫んだ。


「うわああああああああ屈強な男の二人組に襲われて服を全部脱がされたあああああ!!!!このままじゃ犯されるううううう!!!!!誰か男の人呼んでええええええ!!!!!」

「あぁ!?」


 それはもう綺麗によく通る叫び声だった。

 人気の少ないエリアとはいえ、すぐそばには大勢の人間が歩いている場所だ。


 突然の救難に次々と人の目が現れた。


「なんだ今の声」

「おい、あそこに裸の男の子がいるぞ!」

「本当だ!しかもあっちの男が服を剥ぎ取ってる!」


「え、いや、ちがっ」


「これやばいんじゃないか?」

「誰か店の人呼んできて!」


「ざ、ざっけんな!俺ぁ知らねーぞ!!」

「あ、待てお前だけ逃げんな!」


 状況の不利を悟ったのだろう。

 男達は上着を捨て去ると、一目散に逃げ出した。

 後に残されるのは全裸のヘンタイとあたしだけ。


 え、ここからどうするの?

 戸惑っていると、そそくさと服を着ながら彼が言った。


「よし、俺たちも逃げるぞ」

「え、えぇ……!?」


 もう訳が分からないよ。

 ただ手を引っ張られるままにあたしは駆け出す。

 コートが乱れて裸が見られてしまわないか気をつけつつ走り、止まる頃にはモールの外に出ていた。


「はあ、はあ、はあ……!」

「ふう、危なかったな。あやうく大変なことになるところだった」

「いや、十分大変というか変態なことはしちゃったと思うよ……」


 本当に何を考えているのか。


「大丈夫。男性の場合わいせつ物にあたるのは性器だけだ。俺はちゃんとパンツは履いてたから問題ない」

「その無駄に豊富な法律知識はなんなの」

「調べたさ……法律を倒すためにな」


 異常者に知識を与えてはいけない。

 心の底からそう思った。


「でもよかった」

「なにが」

「君を助けられたから。あんな大柄な男性に囲まれて怖かっただろう?」


 そう言われて。

 あたしは初めて、自分の手が震えていることに気がついた。


「あ……あれ?」

「もう大丈夫だ。君を脅かす危険は排除した。だから……安心してくれ」


 そっと、上から優しく手を包み込まれる。

 それがなんだか照れ臭くて、温かくて。

 あたしはしばらく、顔を下に向けるのだった。

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