第20話 私が抱きしめてあげる
さて、隠れるといってもどこに身を潜めようか。
相手の視界から外れるように動けばどうとでもなりそうだが、しかし逆に店員や他の客に怪しまれるかもしれない。
そうなれば自然と注目を集めてしまい、肝心の女子達にもバレてしまいかねない。
服屋で隠れる定番の場所。
そこまでくればもうあそこしかなかった。
「試着室……!」
そう、アニメや漫画で毎度お馴染み試着室イベントだ。
隠れる必要が出てきた主人公とヒロインが一緒に入ってイチャイチャするアレ。
シチュエーションとしては正にそれだった。
俺たちは近くにあった試着室に素早く身を隠すと、彼女たちの気配が去るまで息を潜めることにしたのだ。
「しかし今にして思えば一緒に入る必要はなかったのでは?」
「……確かに」
白銀だけ隠れてくれれば、俺なんてクラスのモブキャラその1くらいの存在感しかないのだからバレるはずもない。
というかバレても問題ない。
「でも今から出ていくと逆に怪しくない?」
「一理ある」
そもそも試着室から人が出てくるということは、その一室が空いたということになる。
他人が入ってきたら一貫の終わりだった。
やはり当初の目的通り、あの女子たちが店から出ていくまでやり過ごすしかない。
覚悟を決めると、俺は気配察知の感覚を尖らせた。
「……いや、女性が多いからよく分からないなこれ」
しかし店には似たような身長体重をしている女性が多かったので、個人の特定まではできなかった。
ゲームみたいな便利スキルでは決してないのだ。
「仕方ない、カーテンの隙間からこそこそ覗き見て様子を伺おう」
「うん。そうしよ」
というわけで俺たちは上下に重なるように並ぶと、少しだけ開いたカーテンの隙間から外の様子を観察するのだった。
「これとか似合うんじゃない?」
「えー、でもちょっと高いかな」
「お金足んないよねー」
「女子女子してる会話」
「だね……」
「俺たちもやってみるか?」
「あなた絶対服のセンスないじゃん」
「ぐうの音も出ない」
ぶっちゃけ服の名前を答えろとかいわれたら一割も正解できない。
色合いとかも意味不明だ。
肌色一色でいいじゃないかと思ってしまう。
「じゃあちょっと試着してみよっか」
「いいね!やろやろ」
「ね、ねぇこっち来るんだけど」
「他も空いてたはずだから多分大丈夫だとは思うが……」
しかも一番端っこの方を選んで隠れたのだ。
わざわざこちらに来るとは思えない。
思えないのだが、何か嫌な予感がする。
重大な見落としをしているような──。
「……あれ、ねえあそこ見て」
「なになに?」
「あ、靴が二足ある」
あ。
「……ね、ねえ、あなた靴脱いだ?」
「脱いだ」
「あたしも……」
「…………」
「…………」
妙なところでマナーを遵守してしまっていた。
公共の場で全裸になる無法者二人がなんという体たらくか。
しかしまずい。
試着室の前に靴が二足なんて、もうカップルが中でいかがわしいことをしている前振りみたいなものだ。
そのままスルーしてくれればいいが、そうでなければ最悪の事態が待っている。
「もしかしてアレなやつ?」
「店員さん呼んだ方がいいかな?」
それだけはやめてくれ。
頼む、何かやるにしてもそれ以外にしてくれ……!
「……ねえ、ちょっと覗いてみない?」
なにっ。
「えー、でもやばくない?」
「いいじゃんちょっとくらい。気になるでしょ?」
「まあなるけどさ」
ならないでほしかったなぁ。
しかし店員を呼ばれることに比べれば幾分かマシな選択といえた。
奴らの目を誤魔化せさえすればいいのだから。
「ど、どうする?このままじゃ見つかっちゃうよ?」
「前みたいに俺一人が外に出る……というのも使えないしな」
とはいえ、それはそれで難しいのだけど。
さてどうしたものか。必死に思考を巡らせる。
彼女らの目を誤魔化し、かつこの場を切り抜けられる最善策はなんだ。
できれば白銀のことは晒したくない。
シルエットや髪だけでも或いはバレてしまいかねないからだ。
つまり白銀を隠しつつ、女子集団を牽制して追い払う神の一手を指さなければいけないということで。
「……仕方ないか。先に謝っておく。変なところに触れたらごめんなさい」
「え?一体なにを──」
俺は意を決すると、白銀のことを深く抱きしめた。
「!!!???!?!??!?!?」
腕の中でめちゃくちゃビックリしてるのが伝わってくるが、今は落ち着いてほしかった。
これなら俺の背中で白銀は見えないし、今まさにイチャイチャしてるカップルということで、年頃の女子高生相手なら牽制にもなるだろう。
……おっと、そういえば鏡があるのを忘れていた。白銀の後ろ姿が映ってバレる可能性がある。
俺はそのまま、彼女を鏡のある壁際まで押し寄せた。
「ちょっ、はっ、えっ!?」
「しっ、静かに」
あとは女子たちが素直に引き下がってくれることを祈るばかりだ。
やがて二、三秒もしてカーテンがそっと開かれる。
目で見ることはできないが、漏れ出る吐息や微かな声から、彼女たちが随分と慌てているのが分かった。
これならいける。
更に白銀を強く抱きしめると、現在進行形で盛り上がってますよ感をアピールする。
「ひぁああ……」
白銀が声にならない呻き声を上げていた。
ごめんね。
「うわやっば、マジのやつじゃん」
「い、いこ。邪魔しちゃ悪いよ」
「えらいもん見てしまった……」
だがその甲斐もあってか、女子集団はそそくさと去っていった。
どうやら試着もせず店から出て行ったようだ。
よかった。これなら安心して外に出られる。
「ふう、なんとか切り抜けられたな」
「…………」
「顔見知りと出くわす可能性は想定していたけど、まさかこんなことになるとは思わなかった」
「…………」
「さっきから無反応だけど大丈夫か?」
「だいじょばない……」
白銀はまるで林檎のように頬を紅潮させて、どこか惚けたように、あてもなく視線を彷徨わせていた。
一体どうしたのだろうか。
原因を考えてみる。
…………。
ま、なるわな。
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