第19話 後半に続く

 全裸コート。

 口で言ってしまえばたった六文字で終わってしまうが、実際にやってみると六文字ではとても表し切れない独特な感覚が身を襲う。


 全裸なのに、全裸じゃない。

 衣服を着ているはずなのに、着ていない。

 相反する概念が脳に混乱をもたらすのだ。


 更に今回は、それだけではなかった。


「うぅ……」


 白銀も全裸コートが初めてというわけではない。

 以前やっていたのは記憶に新しいし、そもそも俺たちが露出スポットに現れる時、大抵衣服の下は素っ裸だ。


 では何故彼女はこんなにも羞恥に顔を赤らめているのか?

 言うまでもなく、周囲の人混みが原因だった。


「いつもより格段に人の目が気になる──違いますか?」

「なんで敬語……そうだけど」

「特に階段上がる時とかドキドキするよな」

「しね……!」


 いつもと比べてツッコミの舌鋒にキレがない。

 やはり恥ずかしくて普段より思考能力が低下してしまっているのだろう。


「でもそれがいいんだ。その状態なら他人の視線を、気配を、存在を、より敏感に察知できる」

「それは、そうだけど」

「特に今の君は割と挙動不振気味だから、余計視線を集めてる」

「やっぱそうだよねぇ……!」


 マスクと帽子で多少顔が隠れているとはいえ、彼女の美しさは何も顔面だけじゃない。


 全体的なスタイルの良さに、綺麗に流れる金髪。

 シルエットそのものが美しいから、例えダッフルコートで上半身が隠れていても関係ない。


 すらりと伸びた足や身長、頭身だけで十二分に美少女であることが伝わってくるのだ。

 ただでさえ注目を集める彼女がおかしな挙動を見せているのだから、見られないはずがなかった。


「おかあさーん!まってー!」

「っ」


 足元を通り過ぎる子供にも一々反応してしまう。

 否、寧ろ身長が低い子供だからこそ余計に反応してしまう。


「くぅ……」


 それだけではない。

 後ろから足音がしたらビクッと震えたり、曲がり角で予め俺の後ろに少し隠れるようにしたり、存分に周囲を警戒していた。


「それでいいのだ」


 それこそが気配察知の第一歩。

 他人の存在を強く意識すること。

 そうして初めて「人が及ぼす影響」と「そうでない雑音や動き」とを見分けられるようになる。


「そうだな。じゃあとりあえず服でも見に行こうか」

「あなたの口から出るとは思えないセリフランキング堂々の2位くらいの発言だね……」

「1位は?」

「『露出なんてやる意味がわからない』」

「説得力がすごい」


 そんなことを言い出す時は、多分よほど切羽詰まった時か俺が俺でなくなってしまった時だけだろう。


「露出狂が服屋にいるとは誰も思わないからな。全裸コートでも怪しまれることはない」

「バレたらころす……」

「安心しろ。死ぬ時は一緒だ」


 最悪俺も一緒に脱いで捕まろう。

 友達なら一蓮托生、地獄の底までついていくべきだろう。


 俺たちは魔のエスカレーターを越えて、モール二階にある服屋に来た。

 若者向けの安めのブランド店だ。


 あまり場違いな所へ行くと違和感を持たれてしまうので、学生でも足を運びやすい店をあらかじめ探しておいた。

 露出狂の俺が服について調べる日が来るなんて夢にも思わなかった。


「季節的には秋だけど、もうちらほら冬物も出始めてるのか」

「早いと9月の始めくらいから出てるよ。今はもう10月半ば過ぎてるし、大体どこも出してるんじゃないかな」

「詳しいな。露出狂の癖に」

「あなたみたいな真性とは違うから」


 そこは流石女子と言っておくべきだろうか。


 とりあえず、店に来たのだから服を眺めておかないと不自然だ。

 俺は欠片も興味のない衣服を矯めつ眇めつしながら、白銀の方にも気を配る。


「あまりキョロキョロしない方がいい。怪しまれるし、特訓の意味も薄れる」

「えっ、あ、そう、だよね……」


 めっちゃキョドっていた。

 もしかしたら日頃よく来る店なのかもしれない。

 学生ご用達らしいし、可能性はあった。


 それなら尚更緊張することだろう。

 日常的に通っていた場所に全裸コートで訪れる。

 日常が非日常へと塗り替えられていく感覚は筆舌に尽くしがたいものだ。


「む」


 そうしていると、背後から人が近づいてくるのを感じた。

 距離はおよそ5、6メートル。

 足音は軽い。女性だろうか。

 まっすぐ迷いなくこちらに向かってきている。

 つまりは俺たちに用があるということで、


「お客様、何かお探しでしょうか?」

「ひえあっ」


 案の定、声をかけにきたのは店員さんだった。

 しかし全く気づいてなかった白銀はとても無様な声をあげていた。


「お、お客様?」

「気にしないでください。人見知りなだけです」

「そ、そうですか」

「今はただ見てるだけなんで、特に探している物とかはありません」

「分かりました。ご用があればいつでもお申し付けください。それでは」


 適当に誤魔化して店員さんを追い払う。

 どうして服屋では店員さんが積極的に声をかけてくるのだろうか。

 不思議なマニュアルだ。


 白銀は大丈夫かと見てみると、思い切り俺の腕に抱きついて寄りかかっていた。


「どうした?」

「こ、腰抜けそうになった」


 めっちゃ驚いてるじゃん。


「こんなことで驚いてたら気配察知なんて夢のまた夢だぞ」

「みんながみんな、あなたみたいにイかれたメンタルしてるわけじゃないって知るべきだと思う……!」

「そんなにイかれてないと思うけど」

「最初に会った時から今までずっとイカれてるよ」


 そうかなぁ。表に出ないだけで人並みの精神性だと思うけど。


「ちょっとドキドキしすぎて疲れた……ねえ、休憩したいんだけど」

「分かった。なら人気のない方にあるベンチへ行こう」


 人口密度が高いと休めるものも休めないだろう。

 そう思って店から出ようとした、その時だった。


「──でさー、マジありえなくない?」

「アハハッ、なにそれ!」

「ヤバすぎでしょ」


「!」


 見覚えのある女子集団を発見した。

 あれは確か、そう──以前白銀に詰め寄っていた女子たちだ。


「?どうしたの……って、げ」


 白銀も気づいたようで、思い切り顔を顰めていた。


 知り合いの同級生とのエンカウント。

 しかも相手は仲がよろしくない女子たち。

 更にこちらは全裸コート。

 バレたら即死だった。


「二人はどうなってしまうのか、後半に続く!──みたいな展開だな」

「馬鹿言ってないで隠れるよっ」


 ぐえ。首を引っ張られた。

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