第16話 不服-UNCOVER-
というわけで俺たちは互いに全裸のままリビングに足を踏み入れた。
一体年頃の男女が二人で何をやっているのだろう。
頭の片隅で冷静なツッコミをしつつ、今更現実を正しく受け止めるのも野暮だと思って現実から目を背けることにした。
「おぉ……なんか凄いね。ドキドキする」
「外でやる露出とは違うだろう」
「うん。なんだろ、外でやるのもドキドキするけど、家の中だとちょっと違う気がする」
「それは危機感がないからだ」
危機感の欠如。
などと言うと悪しきと捉えられてしまうかもしれないが、露出においては意外と重大な要素だ。
前にも言ったが、周囲への注意を払いすぎれば露出の味は一段も二段も落ちてしまう。
しかし外で行う露出で周囲の目を一切気にしないというのも、それはそれで妙味を理解できなくなってしまう。
それなら最初から家の中やベランダで一人でやってろという話になるからだ。
故にそのバランスの舵取りが肝要なのだが、それは今回主題ではない。
もしも仮に、本当に家で一人でやったらどうなるか?
「危険のない家という安全地帯で、己の全てをさらけ出す──その時の快感と開放感は、休みの日に一人で焼肉を食べた時の何倍もあるんだ」
「焼肉好きなの?」
「タン塩が特に好き。何もつけずにそのまま派」
それは置いておくとして。
「例えばこのまま床に寝転ぶもよし」
「ごろん」
「意味もなく天井に手を伸ばしてなんか物語の主人公っぽい雰囲気に浸るもよし」
「アニメのOPで見たことあるやつだ」
「なんなら筋トレを始めてもいい」
「ぶら下がり健康器……?」
「チンニングスタンドといってくれ」
要は懸垂マシンだ。
これ一台で上腕二頭筋、三角筋、胸筋、腹筋等を鍛えられる便利なアイテムだった。
「チン……」
「……」
突っ込まないぞ。
「とまあ、このように普段よりもさらにストレスフリーな生活を送ることができるんだ」
「へえ……確かに、重りみたいなのがなくなった気分。さっきもタオルで隠してただけで全裸だったのに、ちょっと違う気がする」
「普段は全裸にならない場所だからな。そういう無意識の条件付けは馬鹿にできない」
俺たちがわざわざ外に出て露出をするのも、突き詰めればそういう部分に起因しているのだろう。
もしも人類が知恵の実を齧らずに『隠す』ことを覚えなければ、そもそも露出狂なんて概念は誕生しなかった。
人は隠すことを覚えたことで、逆説的にさらけ出す快感を獲得したのだ。
「ちょっと下世話だけど、特に股間部分が露出しているかでかなり変わってくると思うんだ」
「……そうだね。下着を履くだけでも、ちょっと窮屈な感じがするもん」
「つまりはそれも条件付けだ。下着を履かなければならないという固定観念からの脱却が、より良質な開放感を与えてくれるんだ」
単純にスースーするのが気持ちいい、なんて理由も勿論あるだろう。
理屈だけではなく、体感からくる感情もまた露出の醍醐味だった。
「とはいえ俺はもう裸族歴が長いから、寧ろこっちが自然になってきてる。君ほどの開放感は味わえない」
「露出狂の悲しいさが……?」
「ああ、悲しいサーガだ……」
好きでやればやるほど、あの日味わった高揚感は遠ざかっていく。
これを俺は露出のジレンマと名付けている。
まあ実際は大して気にしてない。
俺にとって大事なのはあくまで外での露出、世界に向けての自己表現なのだ。
「だから君も思う存分さらけ出すといい。この大胸筋でいくらでも受け止めよう。ワシめっちゃタフやし」
「さらけ出す」
「愚痴を吐いてくれてもいいぞ」
胸の内をさらす、というのはあまり経験したことがないので解説できるほど詳しくはないのだが、彼女には恐らく必要だろうと思った。
どうせ開放的になるなら肉体だけではなく、精神も解き放つべきだろう。
白銀は暫し悩む様子を見せたが、やがて決心がついたのか、ゆっくりと口を開き始めた。
「じゃあ……言わせてもらうけどさ」
「ok牧場」
「──周りの目が、すっごいうっとうしい!」
うわあいきなり大声を出すな。
「なんか普通に過ごしてるだけなのにめっちゃ見てくるし……!それだけならまだいいけど、男子とかやたら話しかけてくるし……!」
「見た目がいいから」
「そのせいで女子からは嫌われたり距離置かれたりするし、今日みたいなことも結構起こるし」
「あれ、今日が初めてじゃなかったのか」
「もう小学生の頃から数えたら両手の指じゃ数え切れないくらいあるよ」
誰もが目を奪われていく完璧で究極の学園アイドルにも、かなり根深い闇があるようだった。
「別に親しげに話しかけたりなんかしてないんだよ?というか、中学くらいから男子が向けてくる目が変わってきてちょっと怖いし……こっちから距離置いてるくらいなのに」
「内海はそういう孤高な感じがいいって言ってたな」
「孤高じゃなくて友達がいないだけ……」
その気持ちはすごく理解できた。
俺も普段は仏頂面で泰然自若な人間と思われがちだから、一人でも平気な奴だと勘違いされがちなのだ。
俺と彼女とでは理由が180°違っていたが、行き着く先は同じらしかった。
「あとこういうのもあるんだけど……ねえ、あたしって頭いいように見える?」
「学年10位以内はちゃっかりキープしてそう」
「普通に60位くらいだったよ」
「……代わりに運動ができるとか?」
「人並みにはできるけど、運動部の人たちには普通に負けるかな」
「なるほど」
なんかこう……普通だ。
彼女みたいな美少女キャラは頭がよかったり運動ができたり、基礎スペックが他人より秀でていて当たり前みたいなイメージがあった。
多分、ハロー効果というやつだろう。
人はどこか一点優れた要素を持つ人間を見ると、他の部分も優れていると錯覚しがちなのだ。
「……そうやって見た目がいいからって、中身もいいみたいな扱い受けたりね。別にそんなことないのに」
「見た目がいいのは認めるのか」
「だって昔から聞き飽きるくらい言われてきたし……逆に「えーそんなことないよー?」っていう方が性格悪いでしょ」
「それは確かに」
いわゆるぶりっ子だ。
そんなことをしたら、益々女子から嫌われそうだった。
「見た目がいいのは嬉しいけど……だからってこんなことになるくらいなら、普通でよかった」
外見に恵まれない人からすると贅沢な悩みと受け止められるだろう。
けれど贅沢とはいえ悩みは悩みだ。
それで実際に困っているなら、そこに貴賎はなかった。
「ただでさえストレス溜まってるのに、最近前にも増して家でも落ち着かなくなってきたし……」
「何かあったのか?」
「……ウチ、小さい頃に親が離婚してるんだけど」
「うん」
「最近、お母さんに男ができた……」
「ああ……」
思春期の親子関係がギクシャクする原因の代表例その1だ。
漫画とかで見た。
「学校でも変な言いがかりもつけられるし……なんかもう色々嫌になって、気づいたらあそこにいた」
それはさぞストレスフルな毎日だったことだろう。
小さい頃から飛び抜けた外見のせいで友達もロクに作れず、そのせいで対人関係の立ち回りスキルも磨けず、より周囲から反感を買っていく。
負のスパイラルだ。
もしこれで白銀がオタサーの姫的な存在だったなら、女子からの好感度と引き換えに男子からはチヤホヤしてもらえたかもしれない。
が、彼女の性格的にそれは無理そうだった。
「大変だな……」
「うん……本当に」
俺は彼女とは違う。
人の心に寄り添う力も低いので、心から共感を示してやることはできない。
けれど話を聞いただけでも辛いだろうな、ということだけは伝わってきた。
だから、こう言った。
「だったら、気が向いたらウチに来ればいい」
「……え?」
「俺の家なら全裸になっても問題ない。不満が溜まれば愚痴くらい聞く」
「……なんで、そこまで」
「──君のことを、友達だと思ってるからだ」
出会いこそ奇異で突飛なものだったが、俺たちは色んな経験を通じて互いの仲を深めてきた。
そして今回、彼女は自分の深いところまでを露わにしてくれた。
だったらもう、この関係は友人関係と呼んで差し支えないだろう。
「俺は友達が少ない。だから君が人生初の女友達になってくれると……ありがたい」
いつかのように右手を差し出す。
彼女はしばらく目を白黒させていたが、やがてフッと頬を綻ばせると、
「……ありがと」
いつかのように、握り返してくれたのだった。
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