第15話 私服がない人間って、なに?
「ふう、いい湯だった」
シャワーを浴び終えた俺たちはエロ漫画みたいなイベントが起こるわけでもなく、そのまま平穏無事に体を拭いて浴室から出た。
先程までは慣れないことが続いて混乱していたが、今は平常時の気分を取り戻したと確信できていた。
なぜなら、白銀の裸を見て感動を覚えているからだ。
「そのタオルを腰に巻いてみてくれ。胸はこのバスタオルで隠してくれていいから」
「?……いいけど」
そうして現れたのは、まるでミロのヴィーナスもかくやと言わんばかりの美しい肢体だった。
ビューティフォー……。
ダビデ像を敬愛する俺だが、その他の彫像に対しても一定のリスペクトを払っている。
そこへいくと彼女の体はまさに彫像のそれだ。
引き締まった胴体にうっすら浮かぶ腹筋。
程よく脂肪のついたボディ。
全身のスタイルを邪魔しない程度に大きく、張りがあって形を保つ胸部。
触れれば柔らかいのに、傍目からでは滑らかな質感を醸し出す肌。
ミロのヴィーナスといったがアレは少し太めの体型をしているので、正確に言えば彼女の体型と完全に合致しているわけじゃない。
けれど、そう。
まるで全身の肉体美を意識して、一流の彫刻家が作り上げたような黄金比の身体が、俺に彫像味を感じさせていた。
「めっちゃ病む」
「なんで」
「ジェラシーで餅が焼けそう」
「訳わかんない」
分かってもらえなくて当然だった。
「俺も早く成長して180cmで引き締まった筋肉をした彫像ボディを手に入れたい……!」
「ああ、そういう……そんなに綺麗な体が羨ましいの?」
「俺みたいなのは例外だとしても、普通人間誰しも綺麗な体には憧れると思う」
でなければ脂肪吸引してまで理想のプロポーションを手に入れようとする女性は現れないし、ステロイドを投与してまで理想のマッスルへ至ろうとする男性も現れない。
程度の差はあれど、人というのはみな理想の肉体を欲しがるものなのだ。
「ふうん。……まあ、でも。そんなに褒められると悪い気はしないかな」
「写真に撮りたいレベル」
「それはやだ」
もちろん児童ポルノ製造にあたるのでしない。
実はこういう犯罪は10代のような若年層で発生率が高い。
子供同士ならいいだろうという安易な気持ちがハードルを下げてしまうのだ。
というわけで撮影は厳禁だ。
犯罪、ダメ、絶対。
……いや、誰に見られてなくても露出をやってる時点で公然わいせつには抵触してるのだが、それはそれということで。
「ところで一つ聞きたいんだけど」
「なんなりと」
「着替え、どこ?」
「……!」
宇宙猫みたいな顔になった。
そうだった。普通、お風呂上がりには着替えの服を用意しておくんだった。
長らく自宅では全裸で過ごしていたから忘れていた。
「俺は……裸族だ」
「だろうね」
「だから普段、家の中で服を着るという習慣がなかった」
「つまり?」
「着替えを用意してない。普段着もない」
「頭おかしいの?」
反論できなかった。
これに関しては配慮に欠けていたと猛省するしかなかった。
俺は基本的に露出や筋トレくらいしか趣味がないし、衣服に一切興味がないため、ちょっと外に出るくらいなら学校の制服やジャージで用が済んでしまうのだ。
それがここへきて牙を剥いてくるとは、このリハクの目を持ってしても……!
「一応学校のジャージならあるから、君はそれを着てくれ」
「あなたはどうするの?」
「仕方がないから体操服を着る」
「……ちなみに仕方がないから、がどういう意味なのか聞いてもいい?」
「家で服とか着たくないけど、君がいるから仕方ない」
「だろうと思った」
誰しも家ではのびのびと開放的な気分で過ごしたいと思うだろう。
俺にとっては、その状態になるための必要条件が全裸というだけの話だった。
「……家で裸になるって、そんなにいいものなの?」
「ああ。なんだか俗世間のしがらみの一切から解放された気がしていいぞ」
俺にとって、家の外と内とで露出の意味合いが大きく変わる。
外で行う露出が己の肉体という芸術作品を世界に向けて発表する行為だとすれば、中で行う露出とは安心感や開放感を得るための行為だ。
敵のいない自分の陣地で、他人を一切気にせず生まれたままの姿で過ごす。
そうすることで無上の安らぎが得られるのだ。
「そういう意味では『束縛からの解放』を目的とする露出に当たるといえるな」
「……解放かぁ」
「君にもオススメだぞ」
「そっか。じゃあ、やってみようかな」
それがいい、と同意した。
どうやら俺が思った以上に彼女は日常において多大なストレスを感じていたらしい。
であれば少しでも軽減を図るため、自宅での露出は肝要といえる。
「だからあなたも服着なくていいよ」
「そうか。……え?」
「あたしもこのままでいるから」
「なんだと?」
「どうせ最初に全部見られてるんだし、あなたに隠すのも馬鹿らしくなってきた」
何が言いてえ。
俺は彼女の言葉をゆっくりと咀嚼して、ようやく飲み込み終える。
つまり、彼女は人生初の裸族デビューを一人暮らしの同級生男子の家で済ませようとしているのだ。
…………。
「頭おかしいのか?」
「お互い様でしょ」
それをいわれると弱かった。
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