第17話 気配遮断D

 その後、暗くならないうちに白銀は自宅へと帰っていった。

 流石に泊まるわけにはいかないでしょ、と至極当たり前のことを口にしていた。


 そんな常識的な言葉を吐けるなら、まず先に「流石に他人の家で裸になれないでしょ」と言うべきだったんじゃないか、というツッコミを堪えた俺は偉いと思う。


 明けて翌日。

 昨日の雨が嘘のように晴れ渡った青空の下、俺は体育の授業で体を動かしていた。


「よう柊一、今日も精が出るなぁ!」

「補習の現実は受け止められたのか?」

「ほしゅー?なんだそれ、うまいのか?」


 まるで二昔前の漫画の主人公みたいな反応を返してきた。

 これはもうダメかも分からんね。ご冥福をお祈り申し上げます。


 友人が底無しの穴へと転落していくのを安らかに見守っていると、いつのまにか体育の時間は終わっていた。

 俺は教師に頼まれ、外に出していた道具の後片付けを済ませると、一人で教室に戻っていく。


 その最中のことだった。


「わっ」

「うおっ!?」


 突如後ろから耳元で声がかけられた。

 驚いて振り向くと、ニマニマと笑みを浮かべる白銀がいた。


「趣味が悪い」

「いつも仏頂面だから驚かせたら表情崩れるかなって。……ドキっとした?」

「ちょっとした」


 俺は人より気配の感知が得意だ。

 なので露出時のように神経を張り巡らせていなくても、余程の雑踏に揉まれていない限り、後ろでどれくらいの人数が歩いているかくらいは気取れる。


 だが彼女は別だった。

 人より格段に気配が薄いから、俺でも存在を察知するのは難しかった。


「君のその気配遮断スキルはどうやって獲得したんだ?」

「ゲームみたいな言い方だ」

「因みに俺の気配察知スキルは長年の露出経験で培われたものだ。あとは多少の訓練」

「何の訓練……?」


 最初の頃は一々物音が鳴るたびに茂みに隠れたり、辺りを見回して歩いていたが、今では目を閉じながらでもある程度は問題なく歩行することさえできるようになっていた。


「別に……ただ昔から人からジロジロ見られがちだったから、なるべく人目を避けるようにはしてたかな」

「自然と身についた技能ということか」


 羨ましいことだった。


「でも足音すらしないのは自然超えてないか?」

「それは本当に子供の頃の名残りというか……癖になってんのかもね、音殺して動くの」

「ゾルディック家の出か?」


 家庭環境に問題があるみたいだし、闇の深い事情があるのかもしれなかった。

 深くは突っ込むまい。


「俺は気配察知、君は気配遮断を活かしてそれぞれ露出活動に励んでいたということか」

「まあ、そういうことになるんじゃない?」

「あ、でも君に関しては裸の女を見かけたって噂が流れてるんだった」

「えっ」

「気配遮断とはいってもアニメみたいに姿まで消えるわけじゃないから、やっぱりある程度は人の気配を掴めた方がいいと思う」

「…………」


 やけに静かになったと思ったら、白銀は何やら俯いてぶつぶつと呟いていた。


「え、嘘、誰かに見られてた……?でも人気のない公園を歩いてたはずだしちゃんと下見はしてたしそんなのあるはずがががが……」

「何事も絶対安全ということはない」

「嘘ぉ……」


 めっちゃ落ち込んでいた。気持ちは分かる。

 俺も人様に下卑た物を晒す気は毛頭ない。


 露出狂も千差万別といえど、俺たちのように他人に迷惑をかけまいとするタイプなら、そういったミスは心底ショックだろう。


 あと彼女の場合は単純に恥ずかしいんだろうな、と推測できた。


「まあ噂から察するに本当にチラッと見えたかどうかくらいで、幽霊説の方も根強いみたいだからすぐには心配しなくていいと思う」

「……あ、あたし以外の可能性は」

「金髪だったらしいぞ」

「あたしじゃん……」


 ますます落ち込みが深くなってしまった。

 性差別的な話にもなるが、現実問題として男性の露出狂と女性の露出狂とでは見てしまった相手に与えるダメージは段違いだ。


 しかも幽霊説が出るくらい一瞬だったみたいなので、被害者に心的外傷があるかは疑わしいところだが──まあ、そういう問題ではないだろう。


「落ち込む気持ちは分かる。露出のプロフェッショナルとしてあるまじき失態だものな」

「そんなのになった覚えはない……」

「なので君に他人の気配を感じ取るスキルを授けたいと思う」

「え……?なにそれ、秘伝の巻物でもあるの……?」

「そんなはものはない」


 きっと22世紀の科学力でもないと実現できないだろう。銀河超特急みたいに。


「でも訓練の仕方なら教えられる」

「……ほんと?」

「ああ。だから今度の休みに一緒にショッピングモールに出かけよう」

「えっ」

「当日は全裸の上にコートを羽織って来てくれ」

「はっ」

「じゃ。着替えなきゃいけないから俺はこれで」


 そろそろ次の授業が始まりそうだったので、俺は急いでその場を後にした。

 友達と休みの日に遊ぶだなんてワクワクするイベントだ。


 内海は部活があるから遊べないことも多いし、白銀とは思う存分交流を深めさせてもらおう。

 俺は週末に想いを馳せて浮き足立つのだった。

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