第10話 見せる子ちゃん

「今日、どこかのタイミングであなたに裸を見せつける」

「急にどうした」


 朝、トイレに行こうと席を立って廊下を歩いていると案の定白銀に階段裏まで引きずりこまれた。

 そして出た最初の一声が上記の台詞だった。


「あたし、どうしたらあなたをドキドキさせられるか寝ずに考えてたんだけど」

「お肌の大敵」

「まあ結局寝ちゃったんだけど」

「お肌の味方」


 それがどうして朝っぱらからイカれた宣言をすることになってしまったのだろうか。


「思ったんだけど、予告しておくことで逆にドキドキ感が増す可能性もあるんじゃない?」

「それは……なるほど、一理ある」


 不意打ちこそ最もドキドキ感を高める方法だというのは誰しもが思いつくことだろう。


 ドッキリを仕掛けることを事前に伝えておくバカがいるだろうか。

 全く未知の状態で驚きのイベントに遭遇するからドキドキする、というのは自然な理屈だ。


 しかし敢えて、先に伝えておくとどうなるか。

 きっと伝えられた側はいつどこで何が自分の身に降りかかるのか、気になって仕方がないだろう。

 ともすれば、何も教えられていなかった時と同じかそれ以上に心臓が高鳴るかもしれない。


 誰かに見せることを意識しない露出狂の俺では中々できない発想だった。


「今日一日、期待して過ごすといいよ」

「やはり君には露出狂の才能が……ある」

「いらない」

「いる」


 何度か押し問答したあと、俺たちは別々のタイミングで教室に戻るのであった。


「なあ、知ってるか?最近この街で密かに流れてる噂」


 そして席につくと、斜め後ろの内海から雑談を持ちかけられた。


「噂?いや、聞いたことがないな」

「俺もこの前知ったばっかなんだけどよ。いいか、聞いて驚くなよ?」

「むしろ驚かせてほしいな」

「ならば心して清聴せよ!──最近、ここら辺で女の露出狂が出るって噂なんだよ」


 めっちゃビックリした。

 それはもうとてつもなく驚いた。

 これから訪れるであろう白銀の裸ではドキドキしなくなったと確信が持てるくらい驚愕した。


「見たっていう人達はみんな次の瞬間には視界から消えてた、って言ってるらしいんだ。もしかしたら幽霊の可能性もあるよな」


 例え幽霊でも裸の女性なら一度お目にかかりたいもんだぜ、などと下らないことを話している内海はさておき。

 俺はほぼ確信していながらも、一つの確認を取ることにした。


「ちなみに髪の色は?」

「金髪だったらしいぜ」


 確信したわ。


「……気配がないタイプだから、周りへの警戒スキルが弱いのか?」


 白銀は俺のように周囲の気配を察知して人を回避するのではなく、どちらかというと、気配のなさを活かして"気付かれない"ことで人を回避してきたのだろう。


 俺が気配を察知できなかった理由にも説明がつく。

 しかしそれはあくまで気配を悟らさせないだけで、透明人間になったわけじゃない。


 気配関係なく、普通に視界に映ったら意味のないことだった。


「大丈夫かな」


 互いに胸襟を開いて(物理)話し合った仲だ。

 露出バレなんてことになったら可哀想でならない。


 今後のことを考えて気配察知スキルを伝授しておいた方がいいかもしれない。

 仕方なんて分からないけど。


 そうしてゲームよろしくスキルポイントや伝授システムがあればいいのにと願望を抱きつつ試行錯誤を繰り返していると、あっという間に昼休みになった。


 彼女は裸を見せる、と言っていたが一向にその気配がなかった。

 まさかこのまま放課後まで何もしないのか?


 確かに以前、学校で不用意に露出することはやめるように忠告したので、早々露出できる機会なんてないだろうが……。

 疑問を燻らせながらブロッコリーを口に運ぶ。


「それでさー」

「……?」


 そうして内海と話している最中、ふと視線を感じた。

 誰かが俺を見ている?

 振り向くと、白銀と目が合った。

 そして彼女はニヤリと笑みを浮かべると、


「えい」

「!?」


 他の人には見えないように、しかし俺にだけは見えるように、スカートの裾をめくってみせた。


 しかも露出にならないギリギリのラインだ。

 パンツを履いているのかいないのか、それすら分からなかった。

 公共の場所で露出をしない配慮も行き届いている。


 あれが予告していた露出──ではないのだろう。

 あくまでも試し読み、居酒屋でいうところのお通しのようなもの。


 期待を抱かせ、本命の露出をより興奮するものへ仕立て上げようという下拵えなのだ。


「やはり天才か……」


 間違いない。

 彼女は他者に見せる露出の才能に特化している。

 でなければ、たかが半年惰性で続けていただけの露出ビギナーがここまでできるものか。


 俺が並みの男子だったなら今ので立ち上がリーヨしてマジで感謝していただろう。

 だが歴戦の露出狂はこの程度では揺るがない。

 初心者なんかに絶対負けないっ。


 その後も下拵えは続いた。


「やあ」

「なにっ」


 ある時は、階段の上から自然な様子でスカートの中を見せつけようとしたり。


「ほい」

「なんだあっ」


 またある時は、すれ違いざまに緩めたシャツの胸元を見せつけてきたり。


「さあ」

「しゃあっ」


 逆にちゃんとした着こなしをすることで、中身への妄想を掻き立てにきたり。


 白銀の猛攻はとどまることをしらなかった。

 俺はとんでもない怪物を目覚めさせてしまったのかもしれない。

 

 やがて六限目終了の鐘が鳴り、HRも終わった。

 あとは帰るだけだ。


「その前にトイレ掃除をしなくては」


 ウチの高校は面倒なことに掃除の時間が存在している学校だった。

 中でもトイレ掃除は人気がないのでいつも押し付けあいが発生していた。

 

 そして大抵、スクールカースト底辺の俺みたいな人間に押し付けられるのが恒例だった。

 しかももう一人いるはずの男子がバックれていたので、俺一人でやる羽目になっていた。


「いつもは内海と一緒だけど今日は部活でいないし、厄日だな」


 面倒なので適当に水をかけて終わりにしよう。

 ホースを取り出そうと用具入れに手をかける。

 直後のことだった。


「!?」


 急に背後から何者かに押され、そこそこ空間の開けた用具入れの中に突き飛ばされてしまった。

 そのまま何者かは扉を閉めると、暗闇の中に入り込んできた。


「お前は──」

「しー、静にして」


 誰だと尋ねようとしたら、聞き覚えのある声がした。

 白銀だ。下手人の正体は彼女だった。


「どうしてこんなことを」

「なにって、言ってたじゃん。露出するって」

「こんな暗闇の空間で露出も何もないだろう」


 よしんば暗がりに目が慣れたとしても、目を凝らさなければならない時点で興奮の度合いは落ちる。


 そもそもまだ人も多い学校で露出するなよ。

 とはいえ密閉空間内だから、一応彼女なりに配慮はしているんだろう。


 一体何を考えているのか。

 困惑していると、脱衣時特有の布の擦れる音がした。


「ふふん。あたし思ったんだけどさ」


 そして彼女は生まれたままの姿になったのであろう状態で、


「──別に目で見るだけが、露出の楽しみ方ってわけじゃないよね」


 俺の背中に、抱きついてきた。


「なん……だと……」


 それはまるで異次元の感触だった。

 服の上からでも分かる柔らかさが、それが何なのかをなによりも雄弁に語っていた。

 

「こうして肌で感じ取るのも、また別の楽しみ方ってものじゃない?」


 その発想はなかった。

 俺にとって露出とは即ちダビデ像。

 触れてはならない、そもそも本体は外国にあるので触れられない、ただ見るだけの存在だった。


 だが彼女は違う。

 視覚だけでなく触覚や聴覚といった、他の五感で以って露出の新しい魅力を引き出したのだ。


「くっ……!」


 しかしこれは不味い。

 俺の露出観は視覚情報に偏っている。

 つまり視覚以外から攻められると、今まで培ってきた全裸耐性が意味をなさないのだ。


「ドキドキしちゃえー……♡」


 まずい。

 まずい。

 このままでは俺のダビデ像がサテュロス像になってしまう。

 それだけはごめん被る。

 なんか負けた気がするからだ。


 だが触覚と聴覚から迫る脅威の侵略者に対し、俺の股間の愚息武者は今にもビルドアップしてしまいそうだった。

 心臓の高鳴りも上がってきた気がする。

 このままでは──!


「おーっす!トイレ掃除遅れてごめんな!ちょっと友達と駄弁っててさー!」


 その時だった。

 用具入れの外から、男子の声がした。

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