第11話 逆に考えるんだ
「ってあれ、内呂いねーじゃん。なんだ謝って損した……」
それはバックれたはずの男子だった。
単に友達と遊んでいて遅れただけだったようだ。
平時なら嬉しい状況だったが、今に限っていえば最悪の状況だった。
「嘘、やば」
今、俺たちは非常にヤバい状態にある。
掃除用具入れで男女が二人というだけでもヤバよりのヤバだというのに、白銀の方は下着すら脱ぎ捨てたフル・フロンタル状態だ。
もう完全にアレな状況だった。
誰が見てもABCのCまでいったと確信を抱いてしまうレベルだった。
さてどうすべきか。
先ほどまでは下半身でものを考えるために送られていた血液が、今は全力で頭の方に回っていた。
「ど、どうしよ……ねえ、どうする?」
「一旦落ち着こう。素数を数えて落ち着くんだ。素数は1と自分の数でしか割れない孤独な数字……ぼっちの俺にシンパシーを感じさせてくれる」
「今はぼっちじゃないって言ってたじゃん」
「そうだった」
不味い。俺も焦燥感でどうにかなりそうだった。
「あ、ちょっと心臓が早くなったかも……ねえちょっと、なんで私の裸じゃなくて表の男子で早くしてるの」
「今そういう話してる場合か?」
この女は見つかってしまった場合、自分の方が大きいダメージを受けるということに気がついていないのだろうか。
しかしどう誤魔化したものか。
足音がどんどん近づいてくる。
そのまま掃除を放って遊びにでも行ってくれればいいものを。ええい良い人め。
「えーっと、掃除用具入れはっと」
男子の距離がどんどん縮まってくる。
悠長に服を着ている時間はない。
最悪、白金には俺の上着を羽織らせればいい。
だがそれでは彼女と二人きりでここにいることについての弁解はできない。
どうしたものかと頭を悩ませる。
今まで生きてきて一番脳みそを回転させているかもしれない。
白銀の存在を秘匿しつつ、今この状況を切り抜ける神の一手。
──逆に考えるんだ。見られちゃってもいいさと考えるんだ。
「……っとぉ!?なんだ内呂、お前用具入れの中にいたのか!?」
「……ああ」
熟考の末、俺は自ら扉を開けることにした。
そのままだと暗闇の空間に光が差し込み、中にいる白銀の姿が露わになってしまうだろう。
だが逆にいえば"俺の肉体で中の状況を隠せる"ということでもあった。
「はい掃除用具。さっさと終わらせて帰ろう」
「あー、おう。俺も早めに終わらせて友達と遊び行きたいしな」
果たして目論見は大成功だった。
白銀には掃除用具の陰に隠れてもらうようにしておく。
そして俺の肉体で用具入れの中を隠しつつ、不必要に詮索されないようすぐに道具を手渡して掃除の催促をする。
まさに完璧だった。
自分の咄嗟のアドリブ力が恐ろしくなってくる。
突破ファイルにでも送ろうかしら。
「じゃ、バイバイなー!」
そうして無事に掃除を終えると、男子は去っていった。
これで一安心だ。
俺は周りに誰もいないことを確認すると、掃除用具入れの扉を開いた。
「終わったぞ。……何やってんの?」
「別に。なにも」
「人の服を顔に押し付けておいて……?」
まさか俺の服の匂いでも嗅いでいたのか。
変態じゃあるまいし。まさか白銀がそんなことをするとは思えないが。
……いや、こいつは全裸徘徊する変態だった。
やっぱりありえるかもしれない。
「ただ……男子の制服の匂いってこんなんなんだ、って嗅いでただけ」
「露出狂で匂いフェチとか業が深すぎないか?」
「匂いフェチじゃない。あなただって、女子の服の匂いが気になることくらいあるでしょ」
「そんなこと……!」
ないと言おうとしたが、普通にあるので反論できなかった。
でも健全な男子高校生なら誰しも一度くらいは脳裏をよぎったことがあるはず。
多分。いや知らんけど。
「そゆこと。だからあたしは通常性癖」
「露出癖がある時点でそれはあり得なくないか?」
「シャーラップ」
口に指を当てて塞がれてしまった。
言葉で負けたら実力行使に出るタイプだな。
「……助けてくれてありがと」
「同じ露出狂として当然のことをしただけだ。自分の裸は、あまり誰彼構わず見せつけたいものでもないだろうし」
もし彼女がそうだったとしたら、今頃警察に補導されているかネットの海に裸の画像をばら撒いていることだろう。
だが彼女は夜中に人気のない公園で露出に励むようないじらしい露出狂だ。
俺に見られた時も、焦って脅迫しに来たほどだった。
きっとあの男子に見られたくはないはずだと推測したが、当たっていて何よりだった。
「あなたは将来的に誰彼構わず見せなきゃなんじゃない?ダビデ像になりたいんでしょ?」
「それとこれとは話が違う。……でも確かに、大人になったらドイツに移住したいとは思ってる」
「ドイツってそうなの?」
「露出の先進国なんだ」
サウナでは男女全裸混浴も当たり前だと聞く。
またアメリカでは権利活動の段階でしかない女性のトップレスが一部で認められている国でもある。
ほぼ全域の水辺がヌーディストビーチであることにとどまらず、ヌーディストキャンプ場なんてものまであるらしいのだ。
数年前に調べて知った時は驚いたものだ。
「とはいえ、それもちゃんとしたゾーニングや意識改革あってのものだから。やっぱり誰彼構わず見せつけるっていうのとは違うと思う」
「……そうだね。あたしも、あなた以外に見せるのは抵抗ある」
「俺が君の裸を見たのも偶然の事故だし、ちょっと遠慮はあるけど」
「いいよ。あなたは特別だから」
「ありがとう」
どうやら彼女の中で、俺はそれなりに信頼のおける相手になっていたらしい。
やはり日本人は裸の付き合いで仲良くなれる。
白銀との間に育まれつつある絆を実感して、俺は少し嬉しくなるのだった。
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