第9話 世界の中心でIを叫んだ露出狂
「時は来た」
「いきなりどしたの」
急に意味不明なことを言い出した俺に対して、白銀は当然の疑問を投げかける。
「ここまでは準備体操、メインディッシュの前のサラダやスープみたいなものだ。これから君に露出におけるお肉を味わわせたいと思う」
「あたしどっちかっていうと魚の方が好きだよ」
「これから君に露出におけるお魚を味わわせたいと思う」
そも、露出における真髄とは何か。
通常の露出であれば『束縛からの解放』或いは『禁忌を侵したことによる背徳感』、下卑たものなら『他者に見せつける性的興奮』といったものが挙げられるだろう。
それらが偽物であるとまでは言わない。
だが少なくとも俺にとって、露出の真髄とは何かと聞かれたら答えは一つだった。
それを今から彼女に体感させてみようと思う。
「とはいえ俺は口下手なので、言葉で説明し切れるか分からない。だから文字通り肌で感じ取ってみてくれ。そしたらきっと伝わる」
「何を根拠に?」
「伝わるはずだ。俺たちは露出狂なんだから」
それも無闇矢鱈と他人に見せることを好まない、同じタイプの露出使いだ。
きっと彼女なら理解できるはずだ。
「……人は露出する時、どうしても周囲に目が行きがちだ。普通の人間が外で裸でいて、自然体のままいられるはずがないからな」
「それは……そうだね」
「もし見つかったらどうしよう。もし危険な目に遭ったらどうしよう。そういった恐怖や緊張はスパイスにもなるが、同時に視野も狭めてしまうんだ」
俺だって人のことは言えない。
周囲の気配を探知して人避けするにしても神経を張り巡らせる必要がある。
露出をしていると、どうしたって他人の存在を意識せざるを得ないのだ。
だが、それでは真に露出の味を理解したとは言えない。
そうなると見えてくるのは二次元的な映像ばかりだ。三次元的な光景は目に入ってこない。
「だからこそ、君は露出の醍醐味を知るべきだ」
人差し指を立てて上を指す。
白銀はなんのこっちゃと頭の上に疑問符を浮かべながらも、俺の指に追従して空を見上げる。
そして、彼女の瞳に無数の光が差し込んだ。
「──綺麗な、星空……」
それは満天の星々だった。
都市部から離れ、山手の方にあるこの公園では、紺碧の夜を彩る鮮やかな星空を見ることができた。
今宵は新月。
夜の女王が姿を隠した暗闇の中で、無数に煌めく砂金の光が、天空というキャンバスを絶世の名画へと仕立て上げていた。
「……露出の本質とは『見られる』ことだ。誰に見られなくてもいいなら、そもそも家で一人でやってろという話になる」
「…………」
「見られたくないのに見られたい。その矛盾から俺たちは全裸で外を歩き回る。ではその葛藤はどこに向ければいいのか?」
答えはそれこそ人の数だけある。
性犯罪に走る人もいれば、性産業で金を稼ぐ人もいる。
胸の内に衝動を秘める人もいれば、外に発散して行動に移す人もいる。
しかし俺たちはそのどちらにも振り切れない半端者だ。
露骨な性犯罪には手を出さず、さりとて自分の裸に値札をつけることもせず。
衝動を外に曝け出していながら、誰にも見せない全裸徘徊に甘んじている。
そんな人間を受け入れてくれるものなどあるのだろうか?
答えはいつも、俺たちのすぐそばにあった。
「──俺たちは、全身全霊で世界に存在している」
俺はゆっくりとベンチから立ち上がると、数歩分だけ前に進む。
そして彼女の目の前で腕を広げ、全身で世界を感じ取るようなポーズをとった。
「たとえ社会が、学校が、家族が、俺たちを見てくれなくても……世界だけは、あるがままの俺たちを受け入れてくれるんだ」
それは例えば、蝕むような夏の暑さであったり。
それは例えば、突き刺すような冬の寒さであったり。
それは例えば、包み込むような春の暖かさであったり。
それは例えば、撫で付けるような秋の冷たさであったり。
この世界は、いつも変わらず俺たちを見ていてくれている。
ここにいてもいいのだという肯定すら超えた、ここにいて当然なのだという実感を与えてくれる。
「君は日々の生活のストレスで露出に手を出したといった。ならきっと、大なり小なり今の生活に息苦しさを感じているんだろう」
「…………」
「だからこそ知るべきだ。社会なんかよりもっと大きな世界そのものが、いつも俺たちと共にあるのだと」
難しく考える必要はない。
ただ観念的に理解できればそれでいい。
そうするだけで、無限に湧き出る自己肯定感が俺たちに日々を生きる活力を与えてくれるのだ。
しばらく茫然としていた白銀はゆっくりと口を開くと、
「いやさっぱり意味わかんない」
「えっ」
一切伝わっていなかった。
「世界がどうとか言われても訳わかんない。なに、哲学的なあれ?」
「いや、つまり、えっとその……」
「あなたって割とカッコつけというか、偉そうな話し方するから話の半分くらい理解不能なんだよね」
高校までぼっちだったから創作物で会話のイロハを学んできた人間の弱点がモロに出た。
モロ出しにするのは裸だけで十分だった。
「というかちょっと寒くなってきたらこっち来て」
「はい……」
渾身の力説だったのに伝わらなかった。
落ち込みながらも言う通りに彼女の隣に座る。
すると金髪の頭が、ぽすっと肩に乗せられた。
「えっ」
「嫌だった?」
「いや、別に」
いきなり何をするんだろうこの人は。
女子高生が男子高校生の肩に頭をぽすってするのはもう好きと言ってるようなもんじゃないか?
下手な露出より断然ドキドキさせられる行いに、俺は動けなかった。
「……世界がどうとかはよく分かんないけど。でも、露出の新しい楽しみ方は分かった気がする」
「それなら……よかった」
「ね、ドキドキした?」
「してないが」
「あ、してそう。ちょっと心臓の音聞かせてよ」
「してないから必要ないんだが」
拒否したが、彼女の柔肌に傷をつけたくないのでなし崩しに胸を貸すことになってしまった。
白銀はいつものように俺の鼓動に意識を傾ける。
「……気持ち早めになってるかも……?いや、全然分かんない。本当にドキドキしてる?」
「してないから当然だ」
「反応的には絶対してるんだけどなぁ」
まあいいや、と白銀は呆気なく離れた。
そして再び肩に頭を置くと、
「もう少しだけ、このままでいてもいい?」
「……構わない」
星々が照らす夜の公園で、俺たち二人は全身全霊で世界に存在するのであった。
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