第8話 夜の公園、裸の男女、何も起きないはずが……あれ?

「で、わざわざこんな山手の方まで来たのは何で?」


 全裸徘徊を始めてから数分、白銀はそんな疑問を口にした。


 俺たちの住む街は都会ではない。

 さりとて田舎と聞いて想像するような古臭さもない、中途半端な発展を遂げていた。


 だから自転車で行ける距離に山手の住宅地が並んでいて、都会の喧騒やネオンの光とは縁遠い光景が広がっていた。


 今日の舞台は、そんな山手の方にある公園だった。


「単純に人がいないというのもあるけど、初心者にありがちな見落としを指摘しようと思ったんだ」

「なにそれ」

「後で言う。今はただ歩いて、全身で世界を感じるのが先だ」


 流石は山の方にある公園というべきか、自然の数が段違いだった。

 その分夜行性の虫の数も多く、環境音と虫たちの耳心地のいい大合唱が聞こえてくる。


 もちろん、事前に虫除けスプレー等の虫対策はバッチリしてきた。

 露出における天敵の一つが虫刺されだ。

 愛息を蚊に噛まれまくった時の辛さは、もう二度と味わいたくなかった。


 深夜の公園を裸の男女が練り歩く。

 何とも異常な光景だと、客観的に見てそう思った。


「すうぅ……はあぁ……」

「……?すうぅ……はあぁ……?」

「しゅっしゅっ、しゅっしゅっ」

「しゅっしゅっ、しゅっしゅっ?」

「すしざんまい」

「????」


 因みに上から深呼吸、シャドウボクシング、両手を広げるポーズだった。


「これに何の意味があるの?」

「いや特には。単に真似する君が面白かったからやってみただけ」

「死ね」


 人に向かって死ねは酷いと思う。


「でも見方によっては、これも露出における醍醐味の一つなんだ」

「絶対テキトー言ってるじゃん……」

「まさか。いいか?この現代社会において全裸になるということは、多かれ少なかれ『束縛からの解放』というメタファーが含まれているんだ」


 それは余程の変人でもない限り当てはまる。

 この現代社会で正常な暮らしをしてきた人間なら、必ず「服を着るのが当たり前」という常識の下で生きてきたはずだ。


 それは同時に「往来の場で全裸になるのはいけないこと」というルールを刷り込まれていることに他ならない。


「つまり露出とは自由の象徴だ。露出をする時は自分に正直に、自由であった方がいいんだよ」

「……つまり?」

「君をおちょくったのも自分に正直になってみた結果だ。君も俺みたいに自由になってみてくれ」

「やっぱ死ね」


 蹴りを入れられた。

 これが彼女にとっての自由というなら甘んじて受け入れよう。

 うんうん、それもまたハダカツだね!


「はあ。自由か……いきなりそんなこと言われても何したらいいか分かんない」

「それでもいい。何をしたらいいか分からないなら何もしなければいい。人目も憚らず、好きなことをしてみるんだ」


 そもそも人目自体が存在しないのだから、気にするものも何もないだろう。


「じゃあ……とりあえず、ラジオ体操とか?」

「よしやってみよう」

「たーんたーんたたーんたーん、たーんたーたたーん♪」


 まるでショートショートのような展開の早さ。

 深夜の公園で男女が二人、真っ裸でラジオ体操をする光景は非常にシュールだった。

 けれどこれが彼女のやりたいことだというのなら、先輩として付き合ってやるべきだ。


「ラジオ、体操って、はあ、結構疲れる、よね」

「機能回復の観点から見ても優れた体操だからな。普段運動しない人間が本気でやると筋肉痛にもなるぞ」


 ラジオ体操を最初に挟む学校の体育というのは、青少年の健全な肉体の育成という観点からして中々に侮れないプログラムとなっていた。

 

 そうして割と本格的なラジオ体操を終えると、そこにいたのは熱った体で息を荒げる2名の裸の男女だった。

 絶対アレなことした後の光景じゃん。

 俺はキメ顔でそう思った。


「ふぅ……結構疲れた。休憩したい」

「ならベンチにでも座ろうか。確かあっちの方にあったはず」

「うん……あ、でも裸のお尻でそのまま座ったら汚くない?」

「何を今更と言いたいところだけど、怪我や病気のリスクもあるからな。安心しろ、念の為にハンカチを持ってきてある」


 俺はタイツの中からハンカチを取り出すと、白銀に差し出した。


「…………」

「いきなり固まってどうしたんだ?」

「逆にさも当然のようにタイツと尻の間に挟まってたハンカチを差し出されて固まらない人がいたら教えて欲しいレベルだよ」

「尻というより腸骨……腰の出っ張りの部分で挟んでたから大丈夫だ」

「いうほど大丈夫かな」


 腰回りは基本タイツに守られて清潔だし、こうしてほぼ全裸状態だと蒸れとも無縁なので二重に清潔だった。


 渋っていた白銀だったが、やがて渋々といった様子でハンカチを受け取ると、座布団代わりにしてベンチに腰を下ろした。

 俺も彼女の隣に腰を下ろす。


「ふぅ」


 ここへ来るまでも結構自転車を漕がなければならないので疲れたのだろう。

 白銀は熱い体内の空気を排出し、冷たい秋の空気を取り込むことで肉体の冷却に励んでいた。


 しかし改めて見ると、本当に綺麗な肌をしている。

 陶器のような、という表現は小説でもよくあるが、彼女の場合はまさしくそれだった。

 体表に滲む汗すら芸術性を帯びているように感じられるのは、一露出狂として羨ましい限りだった。


「……ジロジロ見すぎ」

「ごめん。君の裸はとても綺麗だから、羨ましくてつい見てしまうんだ」

「っ……変態」


 否定できなかった。変態なので。


「あなただって十分綺麗な方でしょ。マッチョってほどじゃないけど、ちゃんと筋肉は浮き出てるし。細マッチョっていえばいいのかな。女の子ウケもいいと思うよ」

「ありがとう。長年磨いてきた作品を褒められて、とても嬉しい」


 けれど、そうではなかった。


「でも全体的な骨格や頭身はどう足掻いても変えられない。生得的な才能の壁は確かにある。だからこそ、君の彫刻のような肉体が羨ましく感じるんだ」

「ふーん」

「俺の身長は170cmにギリギリ届かないくらいだから。せめて175cmは欲しい」

「一気に普通の男子高校生みたいな悩みになったね」

「理想は180cm……」

「めっちゃ夢見るじゃん」


 ダビデ像を人間換算するとそれくらいのはずだ。


 頭身に関しては、正確には6頭身くらいしかないので今の俺でも当てはまるが、ダビデ像は下から見上げることを意識して作り上げられている。


 それをただの人間である俺が再現するのだから、当然頭身も相応に高くなくてはならない。


「早くに筋肉をつけると身長伸びなくなるんじゃなかったっけ。それじゃない?」

「それは単に筋肉量と思春期の成長に見合ったカロリーや栄養を摂取しないからだ。俺は毎日ちゃんと食べてる」

「そういや味気のなさそうな弁当食べてたね。不味くないの?」

「…………否定はできない」


 ボディビルダーを目指しているわけではないので多少の脂肪は容認できる。


 なので必ずしも薄味な高タンパク食に拘る必要はないのだが、高校生になってから内海の週一ラーメンに何度か付き合わされたせいで、ボディバランスが崩れてしまっていたのだ。


 いうなればダイエットも兼ねた筋トレメニューだ。正直、あまり美味しいとはいえなかった。


「…………」

「…………」


 不意に沈黙が訪れた。

 俺たちは仲のいい友達ではない。一度話題が途切れると、こうして無言の時間が流れるのも無理はなかった。


 けれどタイミングとしては丁度いいかもしれない。

 俺は彼女に、この露出の授業で一番教えたかったことを伝えようと思った。








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ここまでお読み下さりありがとうございます

なんとこの度めでたくラブコメの日間ランキング62位に載せていただきました

フォロー、評価、コメントをくださった皆様にお礼申し上げます

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