第7話 待ち合わせ
俺は誰かと約束をした経験に乏しい。
友達は高校生になって初めて出来たくらいだし、家族との関係もあまり良好ではなかったため、約束という行為についてはとんと無縁な人生を送ってきた。
だからだろうか。
約束の時間が間近に迫っているという緊張が、平時より心臓の鼓動を早めていた。
「……こんなに緊張するのは半年前に公園で警察に見つかりそうになった時以来だ」
あの時は木のシルエットに寄り添う形で身を隠してことなきを得たが、今回はどうにもならない緊張だった。
中身はアレだが外見は文句なしに美少女な白銀との待ち合わせ。
女性経験にも乏しい俺からしてみれば、緊張しない方が不自然なイベントだった。
「お待たせ」
「!」
そうこうしているうちに待ち合わせの時刻がやってきて、背後から声をかけられた。
振り向くと、そこには以前も見たダッフルコートを着た白銀が立っていた。
「待った?」
「いや全然」
実際は30分くらい前からいたが、女性には気を遣わせないようにするのがマナーだとネットで学んでいた。
「約束、守ってくれてありがとね。いなかったらどうしようって思ってた」
「?破る意味なんてないだろう」
「いや、変な女に絡まれて結ばされた約束なんて逆に守る義理ないでしょ」
「自覚があったのか……」
「あなただって自分がおかしい自覚くらいあるでしょ。それと一緒」
「なるほど確かに」
変人だからといって自分を客観視できないとは限らない。
冷静に狂っていてもやはりそれは狂人なのだ。
「じゃあ早速露出について教えて、って言いたいところなんだけど。その前に一つ聞いていい?」
「なんなりと」
「なんで全裸の状態で待ってたの?」
心底不思議そうな目で問いかけられる。
そう、俺は肌を露出した状態で待ち合わせ場所に立っていた。
「正確には全裸じゃない。ほら、股間部分は肌色のタイツを履いている」
「ホントだ。そういえば前もこんな感じの見た目してたことあったっけ」
「二度目に会った時だな」
あの時は失敗明けで万が一に備え、大事な部分は保護するように努めていた。
今回も勿論そういう懸念はあったが、それよりも白銀への配慮という面が大きかった。
いくら初日に一糸纏わぬ姿を見せつけあった仲とはいえ、年頃の男女だ。
映倫に引っかかる部位は隠すのがマナーだろう。
向こうも下着は着けてきているらしいし、無闇に息子を出すべきではない。
「でも男の人のアレってそんなんで隠せるものなの?ピッチリしたタイツじゃ浮き出ちゃうんじゃ……」
「そこは大丈夫。俺は短小包茎なので」
「…………」
「数少ない俺の長所なんだ」
「いうほどそうかな」
そうなのだ。
ダビデ像も同じ短小包茎なので、彼を理想像とする俺としては非常に好ましく思ってる部分だった。
「とはいえ勃ち上がると五倍くらいに膨らんでしまうから、気をつけるようにはしてる」
「へえ、五倍……えっ、五倍?」
大体3〜4cmなので15〜20cmあたりとなる。
前に測った時も大体それくらいだったはずだ。
「男の人ってそんな大きくなるんだ……知らなかった」
「でも安心してくれ。俺は裸に対しては芸術的な観点で以って接することをよしとしている。君に邪な劣情を催したりはしない」
「いや、あたしとしては多少催してくれないと困るんだけど」
そう言われても聞けない話だった。
「それで何でこの状態で待ってるかだったな。恥ずかしいんだけど他人と、それも女子と待ち合わせなんて初めてで緊張するから少しでもリラックスできる格好になってただけだ」
「その恥ずかしいがどこにかかってるか気になるけど、多分あたしが思ってるのとは違うんだろうね」
「女子との待ち合わせとか恋愛漫画みたいで……照れる」
「だろうと思った」
俺は家でも基本裸族なタイプなので、裸になると落ち着くのだった。
「君はどうするんだ?このまましばらく服を着たままなのか、それともこの場で服を脱ぐのか」
露出について教えるためには彼女自身にも服を脱いでもらわなければならない。
別に脱がなくても教えること自体はできるが、俺は感覚派なので、言葉だけでは説明しきれないのだ。
「……ここで脱ぐ」
「そうか。じゃああっちの方向いてるよ」
「いい。こっち向いてて」
えっどうして。
疑問が浮かんだが、そういえば彼女は俺をドキドキさせることが最終目的なんだった。
露出において、着脱行為とは最もエクスタシーの解放量が多い瞬間だった。
それならば成程、俺の心臓も他人が分かるくらいにバクバクいいまくるかもしれなかった。
白銀はか細い指で、ゆっくりとコートのトグルを外していった。
上から下へ。
徐々に首元が、胸元が、おっぱいが、お腹が、股が、外界の空気を吸わんと顔を出す。
そうしてやがて、コートが全て開かれる頃。
扇情的な黒い下着を見に纏った彼女の白い素肌が、俺の視界の先で露わになった。
「……どう?」
感想を尋ねられる。
そこで初めて、自分の思考が止まっていたことに気がついた。
人はあまりにも美しいものを見ると呼吸することさえ忘れて見惚れるという。
俺もダビデ像で同じ体験をしたものだ。
彼女の裸もそうだった。
呼吸を忘れるまではいかなくとも、思考を忘れる程に綺麗な造詣をしていた。
「見惚れるほど綺麗だ。それに街灯の光もちゃんと計算して見やすい露出を心がけている。アドバイスした甲斐があった」
「…………」
「他人に見せる露出に関しては門外漢だけど、ゆっくり前を開くのは演出として中々優れていたと思う。才能あるよ君」
「そんな才能いらないんだけど」
「勿体ない」
心の底から誉めたつもりだったが、彼女は不貞腐れたように頬を膨らませると先に歩いていってしまった。
何か怒らせるようなことを言ってしまっただろうか。
さっぱりわからなかった。
「ほら、行こ。露出について教えてくれるんでしょ」
「ああ、そのつもりだ」
せめて露出の先輩として有用な知識を教えることで名誉挽回させてもらおう。
俺は彼女の隣まで駆け足で近寄ると、肩を並べて夜の公園を行くのだった。
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