第4話 夜廻
「いやあ、やっぱ白銀さんって可愛いよなぁ」
「いきなりどしたの」
昼食時、教室で一緒に弁当を食べていると内海が急にそんなことを言い出した。
「だってあの外見だぜ?逆に可愛いと思わない人間なんていないだろ」
「おっルッキズムか?」
「そうだよ!ルッキズム最高!美少女最高!」
「欲望に正直だな」
自らの願望を臆面もなく露わにするのは嫌いじゃなかった。
俺は露のつく行為や言動は大体好きなのだ。
「付き合いたいけど、俺みたいな一般人は相手にしないんだろうなぁ。くそう、せめてもうちょいカッコよく生まれたかった!」
「その分中身を磨いたらどうだ?」
「焼け石に水だろ」
そうかなぁ。
中身がアレだから、外見で劣っていても内面が優れていたら釣り合いが取れると思う。
「ま、俺みたいなモブは大人しく身の丈にあった恋愛をしろってことだな……ってわけで、最近ジムいって体鍛えてんだ!どうよ、ちったぁ腹筋割れてきてんじゃね?」
「腹筋は元から割れてるから、鍛えるのもいいけど食事メニューを変えた方が効果的だと思う」
「えっマジ?」
「週一のラーメンはやめた方がいいな」
「えぇ、そんなぁ」
小学生の頃から将来を見据えて肉体を作ってきた俺が言うんだ。間違いない。
まずは惣菜パンのような炭水化物ではなくタンパク質の摂取を心がけるところからだ。
俺は弁当のブロッコリーとゆで卵、チキンサラダを内海に差し出すのだった。
☆
さて、今日も今日とて深夜に街中へ繰り出したわけだが、今回は全裸徘徊ではなかった。
その下見にやってきたのだ。
万が一にも他人と鉢合わせてしまわないように、基本的に徘徊するルートや場所の下見は入念に行うようにしている。
そのため、小五からこれまで一度も他人に出くわすことなく露出を続けてこられた。
ハッキリいって白銀は例外中の例外なのだ。
基本的に気配には敏感な方なので、仮に人がいても簡単に回避できた。
足音や吐息、服の擦れる音や人体と外気の温度差から生じる空気の流れの変化等々。
漠然とした気配というものの正体を一つずつ探り、気取れるようになれば可能だ。
案外ファンタジーな能力でもないのだ。
とはいえ今回はあくまで下見。
当然服を着て歩いているし、意識を張り巡らせて歩いているわけじゃない。
だから、
「また君か」
「……びっくりした」
こういうこともあり得るのだった。
今回出会った白銀エイミは全裸ではなく、太腿までの長さのダッフルコートを着ていた。
「今日は裸じゃないんだな」
「それはこっちの台詞。……なんか普通の服着てると違和感あるね」
「俺を何だと思ってるんだ」
「やたら裸にこだわりのあるベテラン露出狂」
ううん言い返せない。
「それはそっちも同じだろう」
「あたしは露出ビギナーだから。あなたよりマシ」
「先達は敬うべきでは?」
「人間ランク的には遥か後方に位置してるじゃん」
ククク。
まあ事実だからしょうがないけど。
「しかし今日は下見だから結構遠くの方まで来たのによく会えたな。ストーカー?」
「違います。逆にあたしの方がそう言いたいくらい」
「偶然って恐ろしいな……」
「それは本当にそう」
あまり同じ道や場所ばかり通ってもマンネリ化して芸術性が薄れてしまう。
その思いから、基本的に露出場所は新規開拓するようにしていた。
「あたしは……仮に見られるとしても、近所の人は絶対に避けたいから」
「危機管理がしっかりしてるのは好感が持てる」
「してたらそもそも露出なんてしなくない?」
「まあ俺に見られてるからバランスは取れてるんだけどね」
「何のバランス」
その後も話を聞く限り、彼女も犯行現場の下見はきっちりするタイプらしかった。
つまりは同じ目的で鉢合わせたのだ。
露出狂は露出狂と惹かれ合うのかもしれない。
「しかしこの時期にダッフルコートは珍しいな。確かに夜はちょっと肌寒くなってきたけど、そんなに着込むほどじゃないだろう」
「まあ、そうだね」
「寒さに弱いのか?にしては生足出してるし、そもそも露出狂だしな。寒さには耐性が……いや、君が露出を始めたのは半年前だったか」
だとしたら春先で、まさに露出にはうってつけの季節だったはずだ。
「何でだと思う?」
「さっぱり分からない。どうしてなんだ?」
「なーいしょ」
女性の心はよくわからなかった。
「ねえ、今暇でしょ?ちょっと散歩に付き合ってよ」
「これから帰るところだったんだけど」
「いいでしょ別に。明日休みなんだし」
「……それもそうか」
内海との約束もないし、他にやることがあるわけでもない。
明日も明日とて日課の筋トレをこなすくらいだ。
なら少しばかり彼女に付き合って夜更かししても問題はないだろう。
「分かった。じゃあ、適当に歩きながら話そうか」
「うん。軽くね」
夜中に他人と一緒に歩いて話すなんて、これまでの人生で一度もなかった経験だ。
慣れなくてどこか照れ臭かったが、けれど、嫌な感じはしなかった。
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