第5話 深夜廻

 さて、深夜徘徊の醍醐味といえば何でしょう。

 夜半、静寂に満ちた無人の闇の中を突っ切ることで得られる物とは何か。


 それは開放感である。

 まるで世界に自分一人しかいないかのような錯覚によって味わえるのは、一切の呪縛から解放されたかのような感覚だった。


 しがらみの多いこの現代社会において、開放感というのは決して侮れないものだ。

 何かに縛られすぎた挙句に自ら死を選ぶ。

 そんな道を進んでしまう人は後を絶たない。


 だからこそ、深夜に肩で風を切って一人だけの道を進む快感は堪らなかった。


「これが自由だ」

「いきなりどしたの、両手広げて」

「ちょっとやってみたくなっただけだ」


 まるで異常者を見るような目を向けられた。

 

「頭おかしいの?」


 言葉の刃も向けられてしまった。


「分かってないな。人目を気にせず思うがままに奇行に走れる……これもまた深夜徘徊の醍醐味だ」

「さすがはプロ。夜に駆ける露出狂の知恵袋だ」

「ぼっちにできる数少ないYOASOBIだからな」


 俺はこの高校に入って初めて友人ができたレベルのぼっちだった。

 だから退屈な夜はよく散歩で暇を紛らわせていたのだ。


「今は友達いるけどな」

「…………」

「な」

「友達いますよアピールうざ」

「内海はいい奴だぞ。君もきっと仲良くなれる」

「あなたとよく一緒にいる人でしょ?なんか視線が怖いからやだ」


 哀れ内海。

 好意を持ってしまったばかりに警戒されてしまうとは。


「……おっと」


 不意に何者かの気配を感じたので足を止める。

 白銀が不思議そうにしていたが、今は相手の把握が先決だ。


 まるで俺がファンタジー小説のような特殊能力の持ち主みたいな言い方になってしまったが、しかし似たような特技ではあった。

 単純に、長年の慣れと勘から大まかな相手の情報を推測できるというだけの話だ。


 この足音は……人じゃない?


「にゃおん」

「あ、猫」


 猫だった。

 道理で足音がやけに軽いわけだ。


「にゃー」


 しかもやけに人慣れしている。こっちに近づいてきた。

 どうしようか悩んでいると、白銀がするりと俺の隣を通り過ぎていった。


「おーよしよし、ういやつういやつ」

「ふにゃぁ……」


 これぞ正に猫可愛がり。

 頭がおかしくてもやはり女子、可愛い小動物には勝てなかったようだ。


「あなたも触りなよ。結構人懐っこくて可愛いよ?」

「いや、俺はいいよ」

「なんで。もっふもふなのに」

「猫は……苦手だ」


 俺はキメ顔でそう言った。


 昔から猫とはどうしても相性が悪かった。

 触ろうとしたら威嚇されるし、逃げられる。

 なのに、こちらが好きなことをしている時に限って近寄ってきては邪魔してくるのだ。


 主に実家で飼っている猫のことなのだが、どうしても苦手意識が抜けきらなかった。


「ふーん。同族嫌悪ってやつ?」

「俺は猫じゃないんだが」

「犬か猫で例えるなら絶対猫なタイプだと思う」

「…………」


 そうかなぁ。

 しかし自分を犬だとはとても思えないので、そうかもしれなかった。


「にゃーん」

「あっ」


 そうしているうちに構われるのに飽きたのか、猫はどこかへと去っていってしまった。

 こういう気まぐれでマイペースなところも掴みどころがなくて好きではなかった。


「動物なら猫じゃなくコモドドラゴンの方がいい」

「その心は?」

「ドラゴンは……かっこいい」

「男の子だね」


 昔はよくコモドドラゴンの動画を見ていたものだ。

 ただネットに上がっているものだと大抵小動物を丸呑みにするようなショッキングな映像が多くて、親からはドン引きされていたが。


「さっきの子、耳がカットされてたし地域猫ってやつかな」

「へえ。そういうのもあるんだな」

「毛並みも良かったし、きっと大事にされてるんだろうね。……あたしとは大違い」


 白銀の髪もとても綺麗だと思うが。

 それとも、そういうことではないのだろうか。


「…………」


 彼女はしばらく猫のさった方を見つめていた。

 猫のことを考えているというよりは、何か感じ入るところがあって、物思いに耽っているようだった。


「……行こっか。そろそろ1時だし、帰った方がいいでしょ」

「そうだな」


 深夜徘徊は男の俺でも危険が付き纏う。

 それを女性が、それも彼女のように容姿端麗な人間が行えば危険は何倍にも引き上がる。

 今更な時間とはいえ、できるだけ早く帰った方がいいに違いなかった。


「あ、そうだ」


 その前に。

 偶然あれを見かけたので、彼女にあるものをプレゼントすることにした。


「なに?……って、自販機?」

「ちょっと肌寒くなってきたから温かい飲み物でも飲もうかと思って。君の分も奢るよ」

「え、いいよ別に」

「気にするな」


 ジュラルの魔王様のようにそう言うと、俺は硬貨を投入した。


 自販機の飲み物は高い。

 俺は基本、もっと安い値段で大容量のジュースを買えるならそっちの方がいいという思考の持ち主なので、飲料を購入する際はスーパーで買っていた。


 けれど、なぜだか彼女がとても震えているように見えたから。

 今日だけは特別に、自販機で温かい飲み物を買おうと思った。


「それにこういうのも深夜徘徊の醍醐味だ。寒い夜中に歩きながら温かいコンポタで暖をとる……風情を感じるな」

「あ、あたしお汁粉で」

「温かいお汁粉で暖をとる……風情を感じるな」


 どうやら甘党だったらしかった。


「……あったかい」

「な」


 草木も眠る丑三つ時にはまだ早いが、人の気配は感じ取れない深夜の路上。

 俺と白銀の二人だけしかいなくなったような世界の静寂が、なんだか少しだけ心地よかった。


 それから数十分。

 ようやく自宅近辺に戻ってきた。


「じゃ、あたしこっちだから」

「ああ」


 淡々と別れを告げる。

 元より偶然出会っただけの関係だ。

 これくらいのドライさが丁度よかった。

 

「あ、そうだ忘れてた。ねえ、こっち向いて」

「?一体何を──」


 刹那、時が止まった。

 街灯の灯りだけが照らす道の真ん中で、彼女は堂々と立っていた。

 ダッフルコートを開いて、ブラジャーとショーツだけを着た肉体を曝け出しながら。


「……どう?ベテラン露出魔として、何点くらいの露出だった?」

「うーん」


 まじまじと彼女の裸体を観察すると、率直な感想を述べる。


「街灯がバックライトになっているせいで影ができてよく見えない。深夜に誰かに見せるなら、もっとライティングを意識した方がいいと思う」

「…………」

「じゃあまた」


 突然裸を見せつけるという露出狂としてはセオリーな表現だったが、タイミングとしてはバッチリだったように思う。

 次はもっと素晴らしい露出さくひんが見たいものだと、そう願うのだった。

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