第3話 ダビデ像って…ありますよね…

 今日の五限目は美術だった。

 選択科目で美術を即選択した俺からしてみれば幸せの絶頂のような時間だった。

 何故か。

 それは今日の授業内容が、俺好みのものだったからだ。


「はぁ、やはり何度見ても貴方は美しすぎる……」


 今回はデッサンの授業だ。

 それも各自が持参した私物をスケッチするといった内容だった。

 

 俺が持ち込んだのはミケランジェロ作『ダビデ像』、そのミニチュアモデルだった。


「程よく浮き上がった腹筋、見惚れるような腹斜筋、男らしく筋張った腕、引き締まった足……どれもパーフェクトすぎる」


 俺が全裸徘徊する理由。

 色々あるが、そのうち最も根源的なものは何かと聞かれると、迷わずこのダビデ像であると答えることができた。


 何百年と受け継がれてきた肉体美。

 ただあるがままの姿で人々を魅了する美しいボディ。


 公共の場からは排斥される要素でしか出来ていないというのに、その美しさで以って全てを黙らせる黄金比の身体。


 俺もこんな風になりたい。

 そう思ったから、俺は自身の肉体を芸術作品として鍛え上げ、世界にその成果を見せつけるようになったのだ。


「よう柊一、お前何描いて……ってうっま!?ほぼ写真じゃねぇか!?」

「素材が白色だから鉛筆の濃淡だけでも充分緻密に描写できるんだよ」

「いや素材がどうこうの話じゃねぇって!マジすげぇ!」


 俺は昔からダビデ像の美しさを再現するため、360°全ての角度から穴が空くほど観察してきた。

 

 デッサンもその一貫で何度も行ってきた。

 ことダビデ像に関してなら著名な画家にも負ける気がしなかった。


 内海の声を聞いた他の生徒たちが次々に俺の絵を観にくる。

 そして彼と同じように絶賛の評価を口にしていった。


「……ふっ」


 やはりダビデ像は万人を魅了する輝きに溢れている。俺は確信した。

 俺もいつか彼のようになりたいものだ。


 そうして勝ち誇ったように笑みを浮かべていると、ふとある生徒と目が合った。

 白銀エイミだ。彼女は一人だけ、隅の方でポツンと絵を描いていた。


 話しかけに行こうか。

 そう思ったが、俺と彼女は表向き何の関係もないことになっている。

 先日のアレも先生からの伝言的なアレで誤魔化しておいたのだ。


 わざわざ話しかけるべきではないだろう。

 そう思っていると、彼女は唐突に制服を下から捲り上げだした。


「……!?」


 目を丸くしていると、彼女はそのまま豊満な二つの丸いおっぱいを見せつけるように曝け出した。


 なにやってんだこいつ。

 まるで意図を理解できないでいると、彼女はちらりと舌を出してきた。


 挑発でもしているのだろうか。

 エロいとは思うが、こんな公共の場でやられても正気を疑うだけだった。


「あっ、チャイム鳴った」


 鐘の音で生徒たちの意識が俺の絵から離れた。


 すると白銀は即座に服を下ろし、何食わぬ顔でさも今まで大人しく絵を描いてましたよと言わんばかりの態度に戻った。

 頭おかしいのかな。


 そうして授業も終わって教室に戻ろうと廊下を歩いていると、不意に何者かに腕を引っ張られ、人目につかない階段の裏側へ引き摺り込まれた。


 犯人は白銀だった。


「ねえ、さっきのどうだった?」

「さっきのって、おっぱいのことか?」

「そう。ドキドキした?」


 他の奴らに見つかるんじゃないかと冷や冷やしたという意味では確かにドキドキしたかもしれなかった。


「君は頭がおかしいのか?」

「あなたに言われたくない」

「俺はちゃんと節度とマナーを守った露出を心がけている。授業中にいきなり露出するのは周囲にも裸にも失礼だ」


 裸とは芸術作品だ。

 しかし彫像と違って俺たちは生きている。

 故に最適な時間、最適な場所、最適な肉体の状態を考慮した上で曝け出さなければならない。


 あれではただの痴女だ。

 とても芸術行為とは言えなかった。


「ふうん」


 白銀はジト目を向けてくる。

 まさか今の言葉を疑っているのだろうか。

 だとしたら心外だ。俺は心からの真実を語った。


「じゃ、心臓の音聴かせて」


 急に彼女が抱きついてくる。

 そして俺の胸に耳を当てると、静かにその鼓動音を聞き取り始めた。


「……めっちゃ静か」

「お医者さんからも昔、人より心拍数が低いと言われたことがある」

「なんかムカつく」


 知らんがな。


「あたし、あなたのことドキドキさせたい」

「どうして」

「だってあたしはあなたにドキドキさせられまくったのに、あなたは全然してないなんてバランスが悪いでしょ」

「そう言われても……年季の差だと思う」

「あなたはどれくらい露出歴があるの?」

「初めてやったのが小五の時だったから、ざっと五、六年くらいかな」

「そんなに」

「君は?」

「あたしは……半年くらい前から、かな」

「なんだ初心者じゃないか」


 まだまだ新参者ということだ。

 しかし同時に羨ましくもある。


 裸で外を歩く際の高揚感は、やはり初心者の頃が最も強かった。

 次第に慣れて消え失せていってしまったが、彼女はいまだに持ち続けているのだろう。


「雑な露出は好みじゃない。次からは見せるにしても、もっと気合いの入った露出を見せてくれ」

「……普通の男の子なら喜ぶのに。あなたって本当変わってる」

「捨てられない拘りなんだ」


 とはいえ、


「でも、君のおっぱい自体はとても魅力的だった。そこは安心してくれていい」

「え」

「じゃあまた。友達を待たせてるから」


 足早に立ち去る。

 今後の学校生活が悩ましいものになりそうだと、そう思った。

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