第2話 ふれあい広場

 あれから一週間が経過した。

 元から頻繁に露出する方ではなかったが、ここ数日は意識的に止めるようにしていた。


 俺の露出は芸術行為の一環だ。

 鍛え上げた己の肉体さくひんを世界に見せつける。

 そうすることで、俺は初めてこの世界に存在しているのだと実感できるのだ。


 故に他人に迷惑をかけてはならない。

 それがこの前は人の気配に気付かず下卑た代物を見せつけてしまった。


 己の未熟を恥じて、ここ一週間は気配を感じ取る修練に時間を費やしていたのだ。


 お陰で今では廊下の角からやってくる人数のみならず、身長や体重さえもある程度は察知できるようになっていた。


 今なら露出をしても問題はないだろう。

 そう思って事前に調査しておいた人気のない公園に赴いたのだが、


「…………」

「…………」


 またしても白銀と遭遇してしまった。

 今回も彼女は音もなく、気配も出さずに現れた。

 そのせいで全く気づくことができなかった。


 ただ今回は全裸ではなくブラジャーとショーツを着用していた。


 俺も股間部分を切り取った肌色のタイツを履いているので気持ちがよくわかる。

 念には念を入れて安全策を講じたのだろう。


「久しぶり」

「は?」


 知らない仲でもないので挨拶したら冷たく返された。


「まさかまた会うとは思ってなかった。偶然って怖いよな」

「いや、あの」

「じゃあそういうことで」

「待って」


 知らない仲ではないが馴れ馴れしく話す仲でもないのでそのまま立ち去ろうとしたが、何故か呼び止められてしまった。


「なんでそんなに素知らぬ顔でいられるの……?」

「なんでと言われても」


 昔から表情の変化に乏しいとは言われてきた。

 自分では十分変わってるつもりだが、他人からは常に仏頂面でいるように見えるらしい。


「普通あなたくらいの歳なら、同い年の女子の裸見たら興奮したりするでしょ」

「まあ、するな」

「もしかしてあたしの裸、そんなに魅力ない……?」

「そんなことはない」


 食い気味で反論する。


「君の裸はとても美しい。まるでミロのヴィーナスのようだ」

「そ、そう?」

「同じ露出狂として負けた気分だ、自分の裸が恥ずかしくなってくる」

「いや、あなたの身体も十分筋肉質だし引き締まってて凄いと思うけど……」

「ありがとう」


 これでも日頃から欠かさず筋トレを行なっているし、食事にも気を遣っている。

 トレーニング後のプロテインはマストだった。


「じゃ、じゃあなんでそんな落ち着いていられるの。普通もっとこう、なんかあるでしょ」

「まさか。俺も普段と違ってドキドキしてる」


 心臓の鼓動が高鳴っているのを感じる。

 俺は基本的に他人に裸を見せることを良しとしないタイプの露出狂だ。

 だからか初めて他人に、それも同じクラスの美少女に見られたことで興奮していた。


 性的な興奮とはまた少し違う。

 言うなればこれは、魂が興奮していた。


「じゃ、じゃあ……確かめさせて」

「えっ」


 すっと、彼女の手が俺の胸板に添えられた。

 乳首は保護していないのでやばいと思ったが、丁度その部分だけ避けるように触ってきた。


「……確かに、ちょっと心臓がバクバクいってる……かも?」


 この人は頭がおかしいのだろうか。

 いや、露出なんてしてるくらいだから頭がおかしいのはお互い様だが、普通こんな無防備に男の体に触ってこないだろう。


 俺が一般的な露出狂だった場合、襲われても不思議ではない行為だ。

 危機感が欠如していると言わざるを得ない。

 危うく愚息が屹立してしまいそうだった。


「……そろそろ離してくれ」

「あっごめん」

「不用意に男性の体に触れるのはどうかと思うぞ。それもお互いほぼ裸の状況なんだし、尚更気をつけるべきだ」

「うん……いや、その格好で言われてもシュールなギャグにしか聞こえないんだけどね」

「それはそう」


 ぐうの音も出ない正論だった。


 そのまま少しの間沈黙が流れる。

 彼女は何度か口を開いては閉じてを繰り返すと、ようやく言葉を口にした。


「……本当に言わないでくれてるんだね、ありがとう」

「それはこっちの台詞だ。学校中の人気者の君と、生徒Aみたいな立ち位置の俺とじゃ発言力に天と地の差がある。ハッキリ言って立場は俺の方が弱かった」


 そう、あの時わざわざ対等な位置に持って行った理由として一番大きいのはそこだった。

 

 人間には発言力、つまりは信用というものがある。

 人気者の白銀とモブでしかない俺とでは周囲からの信用度や好感度が違いすぎる。


 互いに弱みを握っているといったが、彼女だけは力技でどうにかできた立場にあった。


「買い被りすぎ。あたしにそんな力ないって」

「でも事実、俺の友達なんか割としょっちゅう君のこと見て「付き合いてー!」とか言ってるぞ」

「遠巻きに見てくる人は、そりゃ沢山いるよ。でもあたしの近くには誰もいないから」


 そういうものなんだろうか。

 これまでの人生で周囲から注目を集めたことなんてなかったので、よく分からなかった。


「……じゃあね。誰にも見つからないよう気をつけて」

「お互いにな」


 手を振って別れる。

 彼女とはまた別の場所で会いそうな気がする。

 なんとなく、そう思った。

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