第8章 終わりよければすべてよし

 210ミリ砲がウキグモ港のど真ん中に着弾し、100メートルに達そうかという水柱を立ててから早くも3日が経過した。


 公式には内戦時の残存機雷が爆発したことになっているが、どれだけ固まって爆発しようとそんな水柱にはならないのだが、ウキグモ市内の新聞上では新しいニュースにかき消え、大衆は興味を失っていた。


 セレーネとクレスの連日のシークレットストリートライブが紙面の一部分を占めたことも、かき消すのに少しは効果があったかもしれない。


 2人のストレス解消の意味あいが大きかったが、戦災復興の寄付集めも同時にしていた。主に戦災孤児への支援に使われるが、周辺部のスクラップ山の再生事業も寄付の使い道の中には入っている。


 スクラップ山の中からまた野良の自動人形オートマタが発掘されるだろうが、きちんとケアされる予定だ。セレーネは分解男にアドバイザーを依頼し、快諾を得た。仕事熱心な彼のことだ。野良になる前に法の下に保護される分にはしっかり面倒をみてくれるに違いない。


 そして今朝、セレーネは自分の足で新聞スタンドを回り、主要紙からスポーツ・大衆紙まで1部ずつ買い、噴水の縁に腰をかけて読み始める。


 それをザインとリリィが両脇からのぞきこむ。


『載ってます?』


「載ってる!」


 それは新聞中央の見開きを使っての大陸横断鉄道の新キャンペーン広告だ。


「船旅より経済的、安全、安心で最速の鉄道旅を!」


 そして重連された2両の蒸気機関車に牽引されている自律型自走砲オートマシンカノンと砲台に載っている騎士姿の武装自動人形アームドたち――もちろんアレク機械少佐たちだ――が写っている画像が大きく掲載されている。


『3日でこれ、やっちゃうんですね。セレーネ様、すごい』


 リリィが本気で感心した様子で言う。


「市当局とか司法がとやかく言う前に、こっちで形を作るのが重要。忖度させないとね」


『さすが財閥令嬢』


『今回のことも解決していますから、発言権もありますしね』


「さっさと不起訴処分か、執行猶予つけさせるかしないと、安全安心の旅がキャッチフレーズだけになってしまうからね。ウキグモ経済界には打撃だから」


『カノンちゃんは第一級の探索者や私設軍を雇うより何より抑止力になりますよね』


 ザインは何度も頷く。


 自律型自走砲オートマシンカノンをセレーネはカノンちゃんと名付け、かわいがっている。輪唱カノン大砲カノンを引っかけているつもりだ。


「わたしね、『ドラゴンの群れでも追い返せる!』ってキャッチフレーズにしたかったんだけど、さすがに広告代理店の人にセンスないって言われて……」


『ドラゴンなんてレッドデータ種じゃないですか。見るだけでも大変なんだから』


 リリィがセレーネとザインのやりとりを聞いて笑う。


 朝の通勤を急ぐ人たちも次々と新聞を買っていき、見開きの一面広告を見て感嘆していた。


『マルコーから聞きましたけど、アレク機械少佐、撮影の後、倒れたんですって?』


「修理終わっていないのに、自分が写っていないのはイヤだって、外装だけ飾って貰って撮影に臨んだらしいから」


『責任を感じているんでしょうね』


 戦時中の彼を知っているリリィだから説得力があるが、セレーネは苦笑する。


「いやいや。あとで広告を見たとき、自分がいないのを絶対に悔やむと思ったんでしょう」


 そして1人と2機は笑った。


「ああ、ここにいらっしゃいましたか! 社長!」


「副社長、おはようございます」


 また小走りでバスターが現れ、セレーネは苦笑した。彼には苦労を掛けっぱなしだ。


 機械化猟兵団の移送から、修理パーツの手配、彼らを秘匿可能な空き工場の賃借に、今後の維持に必要な経理・庶務事務の社員の募集などなど、寝ている時間はないと思われるほど忙しいはずだ。


「まずはいいニュースです。大陸横断鉄道省と仮契約できましたぞ!」


「やったー! これで安泰だ!」


 セレーネは噴水の縁から立ち上がり、両腕を大きく上げて喜んだ。


「ペイする?」


「今回の修理やら会社設立費用やらなんやらを含めても半年で黒字ですよ」


 セレーネは心の中だけで小躍りする。そして得意げな顔でザインとリリィを見る。


 2機はパチパチと拍手する。


「今ほど金持ちの家に生まれて良かったと思うときはないわ」


 セレーネはガッツポーズをとる。


「だって金の力で誰かを幸せにできるかもしれないんだから」


「そして儲けることもできる」


 バスターが代わりに疲れ果てたように噴水の縁に座る。


「次は悪いニュースですぞ」


「ああ……知ってる」


機械化警備会社マシンナリーガードの経営が軌道に乗るまでは結婚はまかり成らん、だそうで」


「ですよね」


 今度はがっくりと肩を落とすセレーネだった。


「でもさ、でもさ、これで大陸横断鉄道の株式、上がるよね!」


「ええ。間違いなく。これで有象無象の盗賊だのゲリラだのは寄ってきませんからな。返り討ち間違いなしじゃあ」


 バスターも機械化猟兵団の戦力査定に立ち会っているから自信たっぷりに言う。


「しばらくは商売にも力を入れないとなあ」


「ではじいは失礼します。まだまだ大変なので。その内、山のような書類にサインをいただきにきますからな」


「ああ……」


 バスターは走り去っていった。どこまでも忙しい人だ。いや、彼を忙しくしたのは自分なのだが。


 しかし機械化警備会社マシンナリーガードを形にする以外の解決方法をセレーネは考えつくことができなかった。殲滅などもってのほかだ。メンタリティが異なっていても、彼らは彼らで立派に生きているのだから、尊重しなければならない。人間と自動人形オートマタに共通している価値観があるとすればそれは経済的なものだ。


 だから生活を保障する以外の回答はないと思えた。


「うん、これでいいんだ」


 セレーネは自分に言い聞かせるように言う。


 商店街で朝からやっているおにぎり屋さんでおにぎりとお団子を買い、カスク邸に向かう。カスク邸は今、たいへんなことになっているから差し入れだ。歩いている最中に、自分もおにぎりをモグモグする。


 カスク邸は大邸宅の部類に入るのだが、その廊下を含めた至る所に、武装自動人形アームドが転がっている。多くの武装自動人形アームドは整備兵によって形を取り戻しているが、ジョミーによるセッティングを待っているのだ。一般的には自動人形オートマタのセッティングが1発で出ることはまずない。しかしジョミーはほぼ1発でベストのセッティングを出す化け物だった。


 役割分担としては最終セッティングと、もう在庫が手もとにないパーツの削り出しその他代用品の作成だ。


 ジョミーは修理で夏休みが全て潰れたと嘆いていた。


「俺の青春はどこにいったのでしょうか?」


 おにぎりを持ってきたセレーネにジョミーは嘆いてみせる。


「まあ、おにぎり食いねえ」


 ジョミーはおにぎりを食べながら、自分とマルコキアスが壊した武装自動人形アームドを整備台の上で組み立て直す。


 マルコキアスはやることがないので暖炉の前で丸くなって寝ていたが、リリィがきたことに気づくと尻尾を振りながらやってきた。


『おはよう、マルコーさん』


『おはよう、リリィちゃん、スティック!』


『少しご主人、手伝ってあげれば?』


『重いものを運ぶくらいしかできないなあ』


 ジョミーは常人の目では追えぬ早さで整備を続けていた。


「さて、差し入れも済んだし、動物病院に挨拶に行くか~」


『はい』


 リリィが返事をし、セレーネとザインと連れだってカスク邸を後にする。


 動物病院にリリィは退職願を出してある。


「やっぱり挨拶に行くべきだよね」


 セレーネは義理は大切だと考えるタイプらしい。


 歩いて商店街まで戻り、開院直前の動物病院に行き、院長先生にセレーネはご挨拶をする。院長先生は最近有名になったギターの歌姫の丁寧な挨拶に感動しつつ、リリィちゃんを頼みますよ、と言ってくれた。


 動物病院を後にする直前、リリィは大きく頭を垂れていた。


『頼まれたのはリリィちゃんの方だと思う。主にセレーネ様の世話を。世話というかお目付? バスターさんが過労死しないように』


「うーむ、言い返せない」


 セレーネは腕組みしながらうなる。


『セレーネ様、仲良くしてくださいね』


「とっくにリリィちゃんとは仲良しだと思っていたんだけどまだ足りない?」


『いいえ。もう十二分に仲良しです!』


 リリィはセレーネの手をとり、しっかりと握って1人と1機は歩いて行く。


 リリィの手のひらは柔らかい素材に覆われているが、手の甲は金属むき出しだ。手を握れば、冷たく、ごつごつと感じるはずだった。しかしセレーネは形状や素材からくるものではない柔らかさと温かさを感じていた。


 人間と自動人形オートマタのつながりもこうあるといい。


 そう、心からそう思えた。


 カノンを救うとき、魔剣スカルペルの力が必要だった。


 救いたいと願う気持ちで現れた力だった。


 何かを傷つけたり、何かに抗ったり、そういうことのための剣ではないと思えた。


 このつないだ手のぬくもりと同じものならどれほどいいだろうか。


 セレーネは思う。


 魔剣スカルペルはどこにいったのか。3日たった今も、手がかりはまるでない。あのまま真の主のもとに飛翔していったのだろうか。もしかしたらその真の主は呪われし者・ハイランダー卿かもしれない。


 そうだとしたら、彼が魔剣スカルペルの力を得たら、あらゆるものを、それこそ世界そのものを吸い尽くしてしまうかも知れない。そう思わせるだけの狂気が、魔剣スカルペルのことを語っていたとき、彼の目に光っていた。セレーネはそんな気がする。


 魔剣スカルペルが吸い尽くした世界の先に何があるというのか。


 その光景は魔剣スカルペルを揮うものしか見ることが適わないに違いない。


 しかし1度はザイン=セレーネに力を貸してくれたことは間違いない。違う道ももちろん考えられる。


「これ以上、魔剣スカルペルのことを考えるのは無駄だな」


 セレーネは急に独り言を口にしてしまい、ザインとリリィが心配げに彼女を見る。


『大丈夫ですよ。彼は必要なときに戻ってきてくれます。潜むものダイバーが何機もいるのに対して、彼は――同時に存在できるとしても、力を発揮できるのは1振りしかないのですから、いつもそこにいるわけではないのです』


 ザインは知っているようなことをいう。まだセレーネに話せないことがいっぱいあるに違いない。しかしそれは話してくれる時を待とうと思う。


「でもそれは呪われし者の手の内かも知れないし、もっと別の君たちがいう『女神』の手にあるかも知れない。その『女神』が正しいものであるとは限らない。だから、考える。だけど手がかりがないから不安だけが増えていく」


『怖いことを怖いんだって自覚するのは大切ですよね。でもそれ以上じゃないじゃないですか?』


「リリィちゃん、いいこという」


 一行は歩いてクレスの幽霊屋敷に向かう。


 商店街の中を再び歩く。肉屋さんが開いていてもまだコロッケは揚がっていない。


「帰りに寄るよ~」 


 セレーネはおばちゃんに手を振る。


「待ってるよ~」


 どこかもう、おにぎり以外で何か食べられるものが売っていないか探すと、八百屋が店先でスイカを切って、棒に刺しているところに出くわした。


「やった~」


 セレーネはスイカ棒を食べながら歩く。


 瑞々しいそれは夏を感じさせてくれる。


 カノンに追加の砲撃を許していたらこの風景はなかったかもしれない。


 そう考えると頑張った甲斐があったとつくづく思う。


『そういえばピグマリオンの杖ってどうなったんでしょう』


 リリィが言う。おそらく人間がスイカを食べられることを羨んだのだろう。


『アレク機械少佐はハイランダー卿が使って見せたって言っていたよね』


「その実験台になった元自動人形オートマタはどこにいったんだろう」


 しかしそれはまた別の話だ。


 少し歩いただけでクレスの幽霊屋敷に到着する。


 昼間から不気味な雰囲気を醸し出しているが、昼間なのでお化けの姿は肉眼では見えない。しかし普通に門扉は自動で開き、一行を招き入れた。


 今日もクレスに会えるかと思うと、嬉しかった。


 クレスは居間で今日のコンサートの準備をしていた。


 トラベルケースには今夜着る燕尾服を綺麗にたたんで入れてある。


 出発の準備は整っている様子だった。


「練習足りてないんじゃない? 大丈夫?」


「まあ、ちょっとだけね。でも日頃の努力があるからそう簡単には落ちない」


 クレスはニッと笑顔を作ってみせる。


 この騒動で彼のピアノの練習時間が、がくっと減ったことは間違いない。しかしそれでコンサートを中止できるはずもない。新人ピアニストの登竜門である名門コンクールで入賞した直後のコンサートなのだ。いわば凱旋だ。


「でも、結婚の話はなくなったんだろう?」


「分かる?」


「顔に書いてある」


「結婚した~い」


「君が適齢期の内にはしたいね」


「気が長い~」


「機械化警備会社の経営を軌道に乗せないと。無責任になっちゃいけない」


「父様と同じこと言ってる~」


「でも、彼らの運命の道筋をつけられたんだから、とても意義のあることだよ。結婚なんて紙切れ1枚の話だ」


「されど紙切れ1枚だ」


「『いつの日か一緒に戻れる 溶け合える その日を信じて生きていこう』」


 クレスはセレーネの歌の一節をそらんじる。


「だけどもう僕らは一緒にいる。歌詞の恋人たちよりずっと幸せだ」


 セレーネはクレスの胸の中に飛び込み、クレスは優しく腕を彼女の背中に回した。


 しばらくすると呼んでいた馬車が来て、一行は車上の人となる。


 目的地は王立劇場だ。


 王立劇場でソロコンサートができるということは、一流として認められた証でもある。


 馬車はつつがなく目的地に到着し、一行は楽屋へ。


 クレスは打ち合わせに入り、これから長い長いリハーサルが始まる。


 なにせコンサートまでまだ9時間もある。


 セレーネは無人の観客席に座り、クレスが調整にくるのを待つ。


 ザインとリリィは支配人の許可を貰って、劇場内を探検中だ。


 舞台の上のガス灯は明るく、外の明るさと遜色ない。


 少しだけ眠って、目が覚めるとクレスがピアノの前に座っていた。


 鍵盤を叩き、音が劇場内に伝わり、壁面で反響するのがわかった。


 クレスとセレーネは目と目で通じ合うと、クレスは再び鍵盤に指を滑らせた。


 よく知っている旋律がセレーネを包んだ。


 それはセレーネが作曲したものだからだ。



 

 朝日が昇り、大地を照らすように

 

 月が昇り、闇夜を照らすように

 

 君とボクの希望が重なる


 セレーネは心の中だけで歌う。


 希望。


 自分で綴った歌詞なので自画自賛になるが、いい言葉だと思う。


 それは神話の中にたった1つだけ残っていたものでもある。


 この先、どんなことが待ち受けているのか、彼女には全く見当もつかない。


 それでもクレスと一緒なら、希望を胸に抱いて立ち向かっていけると思う。


 ザインとリリィが戻ってきた。


 彼らとも目が合う。


 そしてまた、クレスとも目が合う。


 いつの日かきっと、一つになれる。


 そう信じて、頑張っていこう。


 セレーネは心の中で誓い、目を閉じた。

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