しかし防御障壁の効果か、自律型自走砲オートマシンカノンだけは細かく砲台を震わせていた。


「怖がっているんだ……」


 セレーネはアレク機械少佐が言っていたことを思い出した。


「どういうことだい?」


「アレク機械少佐が、組み立てられたばかりだから『生まれたての子供みたいなものだ』って言っていたの。初めての実包射撃というだけでも怖かったでしょうに……守ってくれる人みんなが止まってしまったのなら、怖くて当たり前だよね」


 非人間型の自動人形オートマタのメンタルをセレーネが想像することは変なことかも知れない。しかしアレク機械少佐の言っていたように、目の前で巨体を震わせる自律型自走砲オートマシンカノンはセレーネには怖がっているようにしか見えなかった。


 安心させてあげたかった。


「もう大丈夫だよ。撃たなくてもいいんだ」


 防御障壁の向こうまで声は通らないだろうが、言わなくてはならない気がしていた。


 念のため、防御障壁の強度を確認してみるが、最高強度のそれは、時間を掛ければともかく、次の砲撃までのあと数分で解除することは不可能だと分かった。


 クレスは落ち着いた声でコマンドワードを口にした。


展開解除アンデプロイ


了解コンセント


 ザインは棒人間に戻り、現れたクレスは彼の11体の自動人形オートマタ、ニッセの合唱隊を入れる箱を手にしていた。そして蓋を開き、すぐに小さくなった家の妖精オートマタたちを収納した。


「もう、ニッセの合唱隊は戦わなくて済みそうだ」


 クレスは自律型自走砲オートマシンカノンを見上げた。


 まだ次の砲撃まで3分近くある。


「セレーネ――君が考えていることは分かる」


「うん。たぶん、闇の槍――魔剣スカルペルが、自らの存在を確立するためにこの状況を演出しているんだとは思うんだけど、乗せらられざるを得ない。実はさ、さっきも使ってしまったんだよね。それで魔剣スカルペルの存在をハイランダー卿に悟られてしまった。失敗だった」


 セレーネは後悔の言葉を口にする。


「でも、そのお陰でミノス王の杖を手に入れて、機械化猟兵団を止められた。今もまたそうだ。召喚した魔剣スカルペルは凶悪なものなのかもしれない。でも今、彼の意思は、僕らにとって悪い方に向いてはいない」


 クレスはセレーネの頭を撫でる。


「君はよくやったよ」


魔剣スカルペルに騙されているのかもしれない」


「疑ったらきりがない。僕らが知っているのは魔剣スカルペルの召喚に失敗して多くの犠牲が出たことだけだ。魔剣スカルペルそのものが凶悪とは限らない」


「でもハイランダー卿は魔剣スカルペルを欲しがっていた――魔剣スカルペルが奪われたら、呪われし者の思うつぼかもしれない」


「それが分かっていても君は、魔剣スカルペルの力で生まれたての自律型自走砲オートマシンカノンを助けてあげたいんだよね」


 セレーネは大きく頷いた。


「それでこそ僕の小さなセレーネだ。僕がその杖を使おう」


 セレーネがクレスにミノス王の杖を渡すとザインはセレーネの背後に立った。


『行きましょう、セレーネ様』


『うん――展開装着ディ・アイ


 セレーネの後ろでザインが自らの身体を展開させ、彼女を包み込む。


 それは本来、女神の永遠の騎士のための鎧だ。


 だから今、彼女が身にまとっていることには大きな意味があるはずだ。それが何なのかまだわからない。しかし魔剣スカルペルを顕現させるために女神と鎧が一体となったことだけは間違いがない。


 潜むものダイバーⅢ――ザイン=セレーネはクレスに頷いて見せた。


「離れて」


 クレスはエントロピーの法則を無視した高エネルギー状態への遡及の影響を受けないよう、かなり離れた。


 潜むものダイバーⅢが媒介カードを右手に出現させた数秒後、魔法弾のような光の矢が幾本も現れ、収束し、目の前で光の槍を形成する。


 光の槍は周囲のエネルギーを吸い取りながら、徐々に大きさを増し、また、さらなる収束を続ける。


 そして光まで吸収を始め、ついには闇をまとう。


 潜むものダイバーの中の仮想空間で集中し、出力制御に専念しているセレーネは、次の段階に闇の槍が進もうとしていることを感じる。


 彼女のイメージの中のそれは従順で――むしろ闇の槍がイメージしているものに引っ張られ、収縮を始める。


魔剣スカルペル


 クレスの声がした。


 セレーネは仮想空間内のスクリーンに意識を向け、闇の槍が完全に物体としての輪郭を得たことを確認した。


 もう、この世界で安定をしていた。


『ザイン――掴もう』


 潜むものダイバーⅢの身体のイニシアティブを持つザインが、目の前に空中静止している漆黒の剣――魔剣スカルペルを手にした。


 槍の柄をイメージしていた部分も刀身として固定化し、柄が刀剣のそれになっている。


 潜むものダイバーの身長ほどもある大ぶりの太刀だ。


 ザイン=セレーネは魔剣スカルペルを手にする。


 生身の人間では揮うことができない大きさだが、魔剣スカルペルには重さがなかった。それがこの世界に固定されたとはいっても『概念』でしかないのかもしれない。


 次の砲撃のタイムリミットが迫っていた。


 自律型自走砲オートマシンカノンは自分が砲撃することを恐れ、また、刃を向けられることにも恐れを抱いていた。


「今、止めてあげるから。怖がらないで」


 セレーネは魔剣スカルペルを振り上げ、垂直に振り下ろす。


 切っ先が魔法による防御障壁に触れ、何の抵抗もなくそれを切り裂き、破る。防御障壁はすぐに修復しようと瞬時に場を再生するが、その破れた一瞬は、ミノス王の杖をクレスが用いて、新たなコマンドを自律型自走砲オートマシンカノンに伝えるのに十分な時間だった。


 防御障壁の再生は止まり、ゆっくりと障壁が溶け落ちていく。


 自律型自走砲オートマシンカノンの長大な砲身が水平に戻り、砲台部に格納されていた砲弾が、自動的に外部に排出され始める。長さは2メートル以上、重さ100キロにも達する巨大なカートリッジ込みの砲弾が地面に落ちると震動が生じるほどだ。


『「お願い。壊さないで」って言ってます』


 ザインが自律型自走砲オートマシンカノンから信号を受け取ったようだった。


「大丈夫だよ。君はこの大陸を西へ東へと往復する旅を、仲間と一緒に続けることになる。きっと楽しいよって伝えてくれる?」


『それはいいことですね。喜んでくれるといいんですが』


 ザインが伝え、少しして応答が返ってきたらしい。


『大陸って何、って聞いてます』


「そっか、そこからか」


 クレスが口を開く。


「でもね、1人じゃないっていいことなんだよ、みんなも一緒なんだよ、って伝えてくれるかい」


『はい』


 ザインがそれを伝えると自律型自走砲オートマシンカノンの震動が止まった。


 潜むものダイバーⅢの手から魔剣スカルペルが逃れようとしているのか、上昇を始めるのがザイン=セレーネには感じ取れた。


「ああ、もう、行ってしまうんだね」


 セレーネは漆黒の魔剣スカルペルに言う。


 魔剣スカルペルはなにも答えることなくただ上昇の圧力を強め、ザイン=セレーネが柄から手を離すと猛加速で天空へと飛翔を始めた。


 この世界で顕現できたことを――受肉できたことを喜んでいるかのようだった。


 魔剣スカルペルは太陽を目指して飛翔を続け、見えなくなった。


「さて、どこへ行こうとしているのか――」


 クレスは消えた魔剣スカルペルに思いを馳せるように言う。


「何か役割があるのか――どんな役割なのか」


 セレーネは装着解除し、肉眼で太陽を見る。


 その日輪の中に、漆黒の太刀の影は見えない。


 セレーネが自分が作った媒介カードの束を確認すると、何枚も用意しておいた光の槍モドキを生成するためのカードが全て白紙になっていた。セレーネのもとから魔剣

《スカルペル》を作り出す力が去ったことを意味していると考えられた。


『機械化猟兵団が追いついてきました』


 廃坑にいた機械化猟兵団の一団が、地平線の彼方に見えた。損傷が軽微なものは増援に駆けつけたのだろう。もちろんマルコキアスとジョミーの姿も見えた。


 逆の方向からはウキグモの自警軍も追いついてきたのがわかった。


 こちらも無事に終わったことを説明し、機械化猟兵団には後方支援部隊を説得する役割があるし、ウキグモ自警軍をそれが済むまで抑える必要がある。


 しかし、彼らよりも一足先にマルコキアスとジョミーとは喜びを分かち合うことができるだろう。


「どう? 事業計画の青写真はできた?」


 クレスがセレーネをからかうように言う。


「あ、そうか。わたし、これから女子高生社長だ」


『なんたる肩書き』


「彼らのためにも、自動人形オートマタと人間の関係改善のためにもこの事業を成功させないとね」


 セレーネは笑顔になる。


 悪い方向に行く気がしなかった。


 それがたとえ、魔剣スカルペルが顕現するために運命を操作した結果だとしても、今は喜んで受け止めよう――そう、セレーネは思った。

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