第7章 魔剣の顕現

 軽率だった。


 ハイランダー卿に闇の槍のことまで知られてしまうとは。


 影空間の中でセレーネは悔やむ。念話に抵抗できなかったのは咄嗟だったことと、まるで想定していなかったからという2つの理由からだ。通常は精神防御障壁があれば、簡単に弾くことができるし、戦闘時に精神防御障壁を展開するのは基本的な部類に入る。ザインはおそらく潜むものダイバーの基本機能として展開していたはずだ。だが、読まれた。やはり特別製の極希少魔法武具アーティファクトだったのだろう。呪われし者は警戒してなお警戒すべきだった。自分でも精神防御障壁はカード化して持っていたのに。しかしそれを展開せず、また、使わないと決めていたはずの光の槍モドキを放ってしまったことは――魔が差したとしかいいようがない。


 闇の槍、魔剣スカルペルがこの世に顕現しようと何かをしているのかもしれない、とセレーネは思う。


『大丈夫ですよ。ボクとクレス様の力でなんとかなります。あと、向こうでは交代ですよ』


「うん。分かってる」


 正直、セレーネにはあの光の槍モドキの呪文を使わずにいられる自信がなかった。

 影空間から出るとクレスはいなかった。というのもクレスは走っていたからである。


 ザイン=セレーネが振り返ると荒野の中、アンテロープのように駆け、地平線の彼方に消えかけていた。全力疾走を砲撃後の数分間続けていると考えられるので、周りに自警団がいないのは当然だ。荒野の不整地では騎馬隊でも追いつけないだろう


 潜むものダイバーⅢがそれを跳んで追いかけ、セレーネとクレスが着装を交代。ザイン=クレスがセレーネを抱き、駆ける。


「状況は?」


 抱きかかえられたセレーネが聞く。


「2分前に信号灯で予想される砲撃位置情報がきた。もう次の砲撃があっても不思議がないけど、まだあと砲撃予想位置まで3キロはある」


 上空にはまだ大型飛行機械が滞空している。クレスを追っているのだ。


「どこに着弾したんだろう?」


『港湾内に着弾したようです。上の子が言っています』


 ザインがまだ点滅を続けていた大型飛行機械の信号を読んだようだ。


「被害は少なそうだね。よかった」


『たった3キロです。距離を詰めますよ。セレーネ様、しっかり掴まっていてください!』


「分かった!」


 ザインがそう言うなり、メインの噴射機で宙に舞い、急加速した。この世界でGを感じることはほぼないが、セレーネはすさまじい加速度を受けつつ、潜むものダイバーⅢの腕にしがみつきながら、後方に過ぎ去っていく風景を見ることになった。


「髪型が~~」


「余裕そうだね」


 クレスは笑う。


 潜むものダイバーⅢが一度着地し、再び跳躍して加速すると、岩石と礫と少しの木々の赤い荒野の中に、巨大な砲とそれをバックアップする部隊を認めた。


「向こうもこっちを見つけたね」


『強硬します。セレーネ様。防御呪文はご自分で!』


 セレーネが見ても分かったが、210ミリ自律型自走砲オートマシンカノンは砲身を動かし終え、別の目標に向けて固定している最中だった。


 2回目の砲撃直前だ。


 距離はまだ1キロほど先だろうか。


 荒野の中、岩石の山に隠れるように潜むものダイバーⅢは着地するが、その直後に榴弾の雨が降ってきて、周囲に爆煙と炎が巻き上がった。


「榴弾が直撃する前に」


 セレーネは媒介カードで防御呪文を唱え、飛翔物体からのダメージを完全に打ち消す障壁を作り上げる。10分間有効なそれは十分役に立つはずだ。


「ザイン、砲撃を止めるよ」


『ええ、どうやって?』


「この近さなら放物線っていったってほぼ直進だ。自律型自走砲オートマシンカノンの防御障壁を割るために準備していたあのフォーメーションで砲口の正面にバリアを作って砲弾を受け止める」


『マジですか』


「やるんだ」


『了解です。もう撃ちそうですから。聞こえてきてます』


 どうやらザインには後方支援部隊の機械音声メカニカルボイスが聞こえているようだ。


「ニッセ、出てこい」


 クレスがそういうと潜むものダイバーⅢの周りに11体の小さな自動人形オートマタが現れ、瞬時に人型大になる。


分身ブランチ!』


 ザインの機械音声メカニカルボイス潜むものダイバーは次々に影を生み出し、ニッセの1体1体を包み込み、装甲展開が完了する。


 ニッセは簡易版潜むものダイバーとでもいったデザインの鎧を身にまとい、潜むものダイバーⅢの周りに展開した。


「ええっ! 3ちゃん、こんなことできたの?」


『マスターの戦い方に合わせて進化するのが潜むものダイバーなんです』


 ということは今まではできなかったのだろう。


「行くぞ! セレーネ、離れて!」


 クレスに言われてセレーネは潜むものダイバーと簡易潜むものダイバー11体から走って距離をとる。


「突貫! 正12角形障壁ドデカゴン・バリア


 榴弾の雨が降る中、合わせて12体が推力を1方向に集中して空中に躍り出る。


 後方支援部隊から小銃による射撃が加えられるが、有効射程ギリギリだ。当たっても装甲が弾いてくれる。


 そして12体は空中で正12角形を作り、その中に肉眼ですら見えるほど強力な輝く障壁を作り出し、空中で停止した。


 そこが予想される砲撃線なのだろう。


 クレスの目と210ミリ砲の砲口はピタリと一致しているはずだ。


 お願い、これ以上ウキグモに被害を与えないで。


 セレーネは戦闘後の処理のことを思い、願ってしまう。街に被害が出れば、彼女の計画が破綻する可能性は高くなる。ひいては機械化猟兵団の運命が変わるのだ。


 12体が空中に展開したその数秒後、輝く障壁が大きく歪んだ。


 潜むものダイバーⅢと11体のニッセたちは空中に留まったまま、巨大な爆炎に包まれ、きっかり1秒後、セレーネのところまで爆発音が響き渡ってきた。


 砲撃音がなかったのは秘匿性を高めるため、音の精霊を用いた消音装置が装備されていたからだろう。


「クレスお兄ちゃん!」


 セレーネは祈るような気持ちで愛しい人の名を呼ぶ。


 数秒後、爆炎が晴れる。


 12体は正12角形の障壁を維持したまま、ゆっくり降下を始めていた。


 同時に砲弾の破片も降ってきているが、防御魔法でセレーネの身体に届く前に弾かれている。


『成功しましたよ~』


 少し離れたところに潜むものダイバーⅢが着地し、セレーネに声をかける。


 セレーネは駆け寄り、声を上げる。


「あと5分余裕ができた!」


「でも潜むものダイバーのエネルギーはちょうど半減だ。できるのはもう1回だ。その間にどうにかしないと。そっちはどうだった?」


「そうだった! ハイランダー卿がいて、機械化猟兵団をコントロールしてて、マルコーとジョミーくんが武装自動人形アームドをなぎ倒して、そんでもってハイランダー卿が彼らをコントロールするのに使っていた杖をゲットして……」


 その杖は今、セレーネ自身がちゃんと握りしめていた。


「そうだ、このミノス王の杖があった!」


「またそんな極希少魔法武具アーティファクトを。しかも奪ってくるとは」


 クレスが感心して言う。


「このミノス王の杖で、まずは後方部隊を無力化する!」


『杖の射程は短そうですから、また詰めますよ』


 潜むものダイバーⅢが再びセレーネを抱きかかえ、跳ぶ。


 ワンテンポ遅れて11体のニッセたちが跳んで追随する。


 空中高くから210ミリ自律型自走砲オートマシンカノンと支援部隊の全容を見る。


 210ミリ自律型自走砲オートマシンカノンは砲身の長さだけでも30メートルある。砲台部分も同じくらいの大きさがあり、自走して移動できる無限軌道4基が側面に装備されて、威容を誇っている。資料によれば自律型というだけあって他の武装自動人形アームド同様に人工知能が搭載されていて、データに沿って適切な砲撃ができるよう設計されていた。


 その周囲に巨大な砲弾を積んだ馬車が十数両あり、それを護衛する軽騎兵型の武装自動人形アームドたちがいる。迫撃砲を内蔵した武装自動人形アームドも数機いる。


 セレーネはそれらの姿を見つつ、杖に戦闘停止の旨が伝わるよう念じる。


 その直後、ピン、と張り詰めた感覚が頭を貫き、オーダーが通ったことがわかった。


『止まりましたね』


 ザインがそういい、後方部隊の真ん中に潜むものダイバーⅢとセレーネは着地する。武装自動人形アームドたちは非常停止したように皆、動きを止めていた。

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