「はいそこまで。何してるのさ、2人とも」


 セレーネが庭にやってきてパンパンと手を叩く。


『お遊びでーす』


 ザインは省エネルギーモードの棒人間に戻る。


『じゃれてましたー』


「魔法力は明日にとっておく!」


『『はーい』』


『セレーネ様に私の役目とられたー』


「女はいつも損な役回りよね~」


 少し拗ねたように言うリリィにセレーネはおどけて言う。


『セレーネ様、クレス様とラブラブはもういいんですか?』


「ラブラブはまだ当分お預けだよ。どうしてあんなに自制心が強いんだろう」


 今晩は何をしたのやら。クレスがかわいそうになるザインだった。


『でもそこも含めてクレッシェンド様のことお好きなんですよね』


「会ってすぐのリリィちゃんにすら分かられてしまう自分の単純さが恐ろしい」


『単純じゃなくて純粋なんですよ。そこがセレーネ様のいいところですって。すぐみんなと仲良くなれるんですから。人間だけでなく、ボクらのような自動人形オートマタにすら』


 ザインは心からそう思う。


『オレも、セレーネ様のこと、昔から知っているみたいだぞ』


 マルコーはオオカミ型のままなので、セレーネに頭をなでなでされるとペットの犬と戯れているかのようだ。


 実際知っているのかもしれないが、とはザインは言えない。


「聞いていると思うけど、明日、ダンジョンに潜るから」


 セレーネが2機に宣言する。


「覚悟しておいてね」


 ザインは知識としてはダンジョンを知ってはいるが、実際に攻略するのは初めてだ。マルコキアスの方は経験済みと以前言っていたから心強い。


『セレーネ様、ご経験は?』


「余所のA級ならちょっと前に」


『ボクはクレス様に装着したいただく話になっているから、マルコーはセレーネ様を頼んだよ』


『合点承知』


「え、わたしが3《ザイン》ちゃんを着るんじゃないの?」


『実際はそこは交代がいいですかねえ』


 正直、クレスなら展開装着ディ・アイをぶっつけ本番でやっても、なんとかなりそうな気がするのだ。まだセレーネの方が危なっかしいし、最終階位魔法を習得するために試行錯誤するなら、自分を着装していた方が安全だ。


『オレもセレーネ様に装着していただければ便利なんだがー』


『え、キミ、そんな機能あったの、あ、3段変形ってそういうこと?』


 ザインの方がセレーネより付き合いがずっと長いのに、彼女の方がマルコキアスのことをよく理解しているのが悔しい。


「新聞にあった最近出没している赤い全身鎧の戦士って、マルコーくんのことでしょ?」


『ジョミーさんと一緒になった形態だよ』


『くう、キャラが被っている!』


「リリィちゃん、そこは内緒にしてね。3ちゃんの武器も」


『やっぱりお見通しでしたか。わかりました。仰せの通りに』


 ザインは驚いて声を上げた。


『え、どういうことですか?』


「どういうこともなにもリリィちゃんは機械化猟兵団のスパイでしょ」


 セレーネは肩をすくめる。


『スパイじゃないです。準構成員の情報提供者です。鈍いですよ、ザインさん、ヒントはあげてたでしょ?』


 リリィは美少女フェイスから舌を小さく出す。


『あ、いろいろ言ってた! ピグマリオンの杖のことも知っていたし。だから学院にまで機械化猟兵団が現れたんだ』


「リリィちゃんにはダブルスパイになって貰おうと思って。そういうことでいいんだよね?」


『はい。ザインさんやマルコーさんをあわよくば機械化猟兵団に引き入れるのが任務でしたが、風向きが違いますよね。セレーネ様の計画にのります』


「リリィちゃんには光の槍サイコ・スピアが完成したら情報を流して貰う。そうすれば機械化猟兵団が動き出すに違いないから。目標がわたしと分かっていれば対処しやすいでしょ。それまでに計画が次の段階に進んでいれば御の字なんだけどね」


 セレーネは少々不安げだ。マルコーはぼそりと言う。


『驚いたぞ』


「キミたちも不用意に機密武器を見せちゃダメってことだよ」


『そだな』


『反省します』


「で、リリィちゃんは機械化猟兵団の虎の子のことは知ってる?」


『私、末端も末端の準構成員ですよ。虎の子のことなんか知るわけないでしょう』


「隊長機の元カノなのに?」


『セレーネ様! 私の過去をねつ造しないでください! 本当に、機械神に誓って、元カレなんかこの世にいません。私は、ザインさん一筋なんです!』


 そしてまた団扇を出す。今度は〔3秒みつめて〕〔婿に来て!〕だった。


『いやー、分かってはいたけど直接聞くとショックだわー』


 マルコーはオオカミ形態のまま丸くなって落ち込む。アイドルの卒業と結婚報告を同時に知ったようなショックに違いない。


「よ、モテるね! 色男!」


 ザインも固まるしかない。


「で、噂くらい聞いてないの?」


『進行中のプロジェクトとしては伝説の巨神タロースの復活とか210ミリ自律型自走砲オートマシンカノンの建造とかですかね?』


「どっちも物騒この上ない! なるほど、それ込みでごにょごにょすれば……」


 セレーネは独り俯いて考え込む。


「タロースは実在が怪しいからおいておいて、210ミリオートマシンカノンって、あのオートマシンカノンだよね?」


『機械化の叛乱のときに秩序側が建造した超遠隔攻撃兼蹂躙用超巨大武装自動人形アームドです。全長30メートル。重さ200トン。砲弾によりますが、射程120キロ前後の動く要塞砲です。機械化猟兵団はこれをもって抑止力として自動人形オートマタが自治権を持つ自治区を作ろうとしているんです』


 リリィがいうとセレーネは目を細めた。


「でも、破壊されたんじゃ?」


『戦後のどさくさで2号機のパーツの大半が持ち出されてまして』


「そんなことやってるから食うに困ってるんだよ、あいつら……」


『男のロマンは困りますよね。現実見てなくて』


 ザインとマルコーは心当たりがあるらしく、胸に手を当てた。


『当然、大きすぎて鈍重なので、防御魔法装備がすごいんです。自分の210ミリ砲でも破れないくらいの防御魔法で全攻撃に耐えるコンセプトでして』


「アホだ。だから負けるんだ」


『当時、大きな犠牲を払って内部に侵入して防御魔法装置を破壊して、初めて外部攻撃が可能になったくらいなので、少数で同じことをしようとしてもまず無理なのでは……』


「個人レベルでどうにかしようと思ったらそれを貫くには光の槍サイコ・スピアが必要ってことか!」


『でも、砲を動かすのにも防御装置を動かすのにも莫大な魔法力が必要になるので、日々のエネルギーに苦慮している機械化猟兵団が現実に組み立てようとするとは思えませんが……』


『いや、呪われし者ならやらせかねないなあ』


 ザインはツヴァイからきたデータを検討し、その結論に達する。


「ハイランダー卿だっけ。3ちゃんから聞いて調べたけど、すごい人だよね。どうしてそんな人が悪の道に走っちゃったのさ」


『それが世界の理だからです。秩序と混沌がバランスをとるように、いつしか女神の永遠の騎士が堕天して呪われし者が誕生したんです』


「説明不足だ~」


『あとはクレス様に聞いてください。まだお話ししないとは思いますが』


 セレーネはふくれた。リリィが口を開いた。


『私は、明日セレーネ様がダンジョンに潜っている間は動物病院に戻ります。そのとき、コンタクトしてくるでしょうから最終階位魔法習得の修行に入ったと報告します』


「それはよろしく。あと気になるのは今回の依頼人、ハイランダー卿と機械化猟兵団の関係かな。疑心暗鬼みたいだからその辺も聞けたら」


『わかりました』


 リリィはにっこりフェイスになる。隠し事がなくなったこともあるのだろう。ザインには彼女がすっきりしたように見えた。


 セレーネは用意して貰った寝室へ戻っていった。人間は明日に備えて身体を休める必要がある。


 自動人形オートマタは眠る必要はないが、エネルギーセーブとデフラグ処理のためにスリープ状態になることはままある。用事がないときはスリープで過ごすのが普通だ。


 今晩は幽霊屋敷の幽霊が強固なセキュリティになるので、ザインが起きている必要はない。3機は同じ部屋にあてがわれ、各々休む。ベッドで寝ることもあるが、今晩は2機はソファに座った状態で眠ることにした。マルコーはオオカミ型のままなので、絨毯の上で丸くなるという。


 リリィは美少女フェイスを外して自動人形オートマタの素顔になる。スクラップの山で見せたメカむき出しの素顔だ。


 それなのにザインにきれいだと思わせる何かがある。それはきっと純粋さと生き残るためのしたたかさと両方を兼ね備えているからだと思う。それは世に言う魅力的な女性の要素だと、思う。


 スリープ時間は示し合わせ、それぞれソファに腰掛ける。


『ザインさん、マルコーさん、スパイだって黙っていてごめんなさい』


『元軍属なんだから別に不思議じゃないさー』


 マルコーは優しい言葉を返す。


『それもそうだけど、一緒にスクラップ山で過ごした仲間だもの。信じるよ。結局セレーネ様の力になってくれるって約束してくれたし、それでいいんだ』


 ザインはリリィが出してくれていたヒントのことを思い出し、気がついて欲しかったのだと今更気がつく。友達に嘘をつく罪悪感があったのだろう。


『ありがとう』


 スリープ時間がきてリリィはまぶたを閉じた。


 ザインも眠る。


 マルコキアスは寝息を立てている。無駄な機能だが寝ているオオカミっぽく見える。


 改めて友情で結ばれ、3機は穏やかな夜を過ごした。 

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