クレスの家は故カスク博士のお宅とはさほど離れていない。1ブロック離れているだけの同じような古い住宅街にある。違うのはクレスの家が賃貸であること。そして故カスク博士のお宅が最新のお屋敷であることにたいして築200年のお屋敷であるということである。


 停車場で再び合流したリリィと一緒にザインたちはクレスの家を訪れた。


 実は呼び鈴を鳴らすと自動的に開くのは同じである。ただし開けてくれるのはお屋敷ではなく、シーツを被った半透明の幽霊、というかお化けである。


 ザインたちは驚きを隠せないが、セレーネは慣れたもので門を開けてくれたお化けの頭を撫でた後、お屋敷に進む。


「超有名な心霊スポットでね、お兄ちゃんがアンデット退治を依頼されて、それがまだ終わっていなくて住んでいるの。あと3年くらいかかるみたい」


『意味がわかりません』


 ザインは広場の井戸から出てきて手を振る美人さんの幽霊を見て、反射的に会釈をする。


「アンデット退治は浄化しないとまた負の気が集まって発生するんだって。それで浄化するために定期的にお兄ちゃんがピアノを聞かせているの。恨み辛みがなくなって、角がとれてくるとみんなシーツを被った姿になるみたいよ」 


『角が取れるとはうまいことをいうさ』


 マルコーの受けが取れた。


『かわいいです』


 リリィが幽霊なんてへっちゃらと言っていたのは嘘ではないようだ。


 屋敷の玄関も自動で開き、中はリノベーション済みできれいなものだ。ガス灯も入っているので明るい。


 応接間の方からピアノの音がしてクレスは練習中だと分かる。いや、浄化中か。


 応接間に入ると応接セットとグランドピアノがあるのがわかった。


 そのグランドピアノはクレスが召喚しているものと同じもので、召喚したピアノが半透明なのは概念だけ呼び出しているからだと考えられた。


 クレスは曲を終えると椅子から立ち上がり、セレーネを出迎えた。


「早かったね、小さなセレーネ」


 セレーネは応えず、猫ならごろごろと喉を鳴らしているような様子でクレスの胸で頬ずりを始めた。


『このお屋敷ならジョミーの家並みのセキュリティが確保できそうだなあ』


 マルコーはそこらに漂っているお化けを見上げる。


「侵入者が来たら彼らが元の姿になって襲いかかるからね」


『ホーンテッドマンションですね』


 リリィも見上げながら美少女フェイスに汗を一筋流す。


「普段は気のいい同居人だよ。寂しくないし」


『人間のお友達がいなくてもいいわけだ。話し相手も困らない』


 ザインは納得する。


『クレス様のダチということはこいつらもオレらのダチだなあ』


 マルコーはよろしくな、とお化けたちに挨拶するとお化けたちも会釈してどこかへまた漂っていく。そんなとき、外から発砲音がした。


「さっそくか」


 自動人形オートマタには無類の威力を誇る自動人形分解銃もお化け相手には無力だ。1回の発砲音でそれはやんだ。


「仕事熱心だ」


 セレーネは忌々しげに言うが、クレスの表情は穏やかだ。


「彼なりに君を護衛しているつもりなのかも知れないよ」


「その発想はなかった」


 そうだとすると分解男もそう悪い人間ではないのかもしれない。


 クレスも夕食はまだというのでセレーネとリリィはキッチンへ行く。持ってきた冷蔵庫の中身も整理しなければならない。


 ザインは真の主人であるクレスと今後について話を進めたかったが、まだマルコーがいた。内密にしなければならない話になるのだが、不思議と警戒心が浮かばない。


『ああ、そういうことか』


 ザインの頭に「介添人アテンダー」という単語が浮かんだ。ジョミーとマルコキアスが揃って介添人なのだろう。


「ところでザイン、光の槍サイコ・スピアの件だけど、話してもいいかな」


『大丈夫だと思います』


『復元中の最終階位魔法の話かい』


 マルコーが興味深げに聞く。


『うん。セレーネ様は紛い物って言っていたけどね』


「今の段階ではそういうことなんだと思うよ。僕は直接攻撃魔法はさっぱりだから想像だけど」


『支援魔法がお得意そうですものね』


「まあ、ほぼ。僕も階位非該当クラスレスだから」


『セレーネ様が階位非該当クラスレスを目指したのもクレス様の影響かな』


階位非該当クラスレスなんて目指せるものではないけど彼女ならやりかねないな。実は聞きたいのはそっちじゃない」


『ああ、ボクの「とっておき」の話ですね。ボクたち潜むものダイバーだってやろうと思えばすごいことができます。問題はこの大地を傷つけてしまうってことです。でも、先ほど思いついたばかりですが考えがあります。任せてください』


「ということはセレーネが光の槍サイコ・スピアを完成させなくても大丈夫ってことでいい?」


『クレス様のお力次第です』


「とはいえ彼女は完成させようとするだろうけどね。それが彼女だ。責任感は人一倍強いから」


『それを止めることはできませんね』


『分からないなあ。非合理的だ』


 マルコーが呆れたように言う。


「セレーネは自分の力でなければ守れないものがあれば守ろうとするし、その力を奪おうとする者がいるのなら、単にその力を奪われなければいいと考える子なんだ」


『欲張りですねえ』


『そりゃお守りするクレス様、大変だあ』


『それでセレーネ様はどうやって最終階位魔法を完成させるつもりなんでしょう』


「実戦で」


『は? 機械化猟兵団と戦いながらですか? それは無茶だ』


「さすがにそれは僕も止めるよ。実はここの地下、A級ダンジョンがあるんだ」


『大都会ウキグモの地下にですか!』


 それが本当なら大事件だ。


「うーん。なんて言えばいいのかな。あるんだ。今、できたのかもしれないけど、ある。入った記憶も僕にも彼女にもちろんあるし、中も攻略済みだ」


 クレスは不可思議なことをいう。


「この世界はあやふやなものだよ。混沌の神の力は未だに強い」


『やったーダンジョン攻略だ~楽しみだあ』


 マルコーは小躍りしそうなほどテンションを上げている。


「実は僕も行きたいんだ。ザインの展開装着ディ・アイを経験しておきたい」


『そういうことなら。マルコーも喜んでいるし』


「リリィちゃんはお留守番でね。アンデットダンジョンだから君たちとは相性がいいよ。ピクニック気分で行こう」


『さすがにそれは言い過ぎです』


 ザインはクレスにセレーネが乗り移ったのかとまで思う気楽さに呆れた。


 夕食の準備ができて、クレスはダイニングに。


 テーブルには肉料理とスープとサラダが並び、セレーネがアパートメントから持ってきたパンもある。


 2人は夕食の時間を過ごしながら他愛ない会話を楽しみ、3機はその間、屋敷の中の探検に出かけた。部屋数は10以上あり、その内の一部屋がセレーネ用に準備されていた。さすがに同衾するはずがないようで、セレーネの残念がる顔が目に浮かぶザインだった。


 そして地下に厳重な封印が施された扉を見つけ、お化けの1人にダンジョンの入り口と教えて貰った。


『まさか本当にあるとは』


 A級ダンジョンは十分災害級である。


『クレス様がどれほど強力な魔道士かこれだけで分かるなあ』


 マルコーが感心するとリリィが首を傾げる。


『そんなに強力なんですか?』


『A級ダンジョンのアンデットの怪物たちを外に出したら、この辺りの住人は一瞬で生気を吸い取られて千単位での死者が出てしまうだろうね』


 アンデットではないがセレーネが旧校舎に封印していたマッドサキュバスが大量に街に出てしまう想定だ。それは惨劇以外の何物でもない。


 ザインの答えにリリィがまた美少女フェイスに一筋の汗の感情表現をする。


『私、ここにいて大丈夫でしょうか』


『クレス様が大丈夫って言っているから大丈夫。大丈夫とは言ってないな。ピクニック気分だ、うん』


『もう戦闘力の次元が分かりませんね』


 リリィは苦笑するしかない。ザインはおどけて言う。


『大丈夫、リリィちゃんはお留守番だって』


『そんなの当たり前です!』


『さて戻るか。もうメシ食い終わってるだろうしな』


 マルコーが戻ろうとするのをリリィが止める。


『もう少し2人きりにさせてあげない?』


『そうだねえ』


 ザインもマルコーも頷き、3機は暇つぶしの種を探しに行く。掃除はお化けたちがしっかりしているし、図書室があるわけでもない。ダイニングの近くはセレーネたちの邪魔になる。考えあぐねてマルコーが言った。


『男ならやっぱあれだろ』


『鈍っているのも事実だ』


 ザインとマルコーは嬉々として庭に出て、リリィはあきれ顔だ。


『壊れてジョミーさんの世話にならないようにね』


『大丈夫、オレは手加減するから』


『ボクの方も手加減するから』


『お前はしなくても大丈夫だぞ』


『マルコーこそ手加減しなくても大丈夫だぞ』


 ザインは全身鎧形態になり、マルコーはオオカミ形態にチェンジする。


『おー、やるかー!』


『望むところだ!』


 リリィは離れてしゃがみ込み、もうこれまでで何度目かの模擬戦を見学する。


 ザインは右の甲から短いブレードを出し、高周波で震動させて超々音波を生成する。マルコキアスの装甲から跳ね返ってきた超々音波を解析すると物質の固有振動数が判明する。そのあと分子間の結合が弱くなるその固有振動数にブレードの振動をシンクロさせると、通常ではありえない鋭利な切断が可能になる。一度、固有振動数さえ解析できれば、敵は防御不能となる恐ろしい武器だ。


 一方、マルコキアスも相手のことは知っている。装甲を微震動させ、ザインに固有振動数を探らせない。その辺りのやりとりは慣れたものだ。


 たてがみを発射し、ザインを牽制して間合いをとらせない。


 しかし四脚の利点を生かし、マルコーは瞬時に距離を詰めてザインに迫る。


 両前脚の爪がザインの上腕を掠り、空中で姿勢制御して喉元に噛みつこうとする。


 それをあえて回避せず、ザインはマルコキアスの顎の中に超々高周波ブレードを突き入れる。刃はマルコキアスの牙で止められる。


『本気かあ?』


『いや、止めてくれると信じてた』


『そらどうも!』


 マルコキアスは超々高周波ブレードをかみ砕き、そのまま腕をかみ切ろうとするが、それを見越したザインは拳を顎の中に突き入れ、顎に膝蹴りを入れる。


 下腕と膝に挟まれ、防御姿勢を取れなかったマルコキアスは打撃の衝撃を顎部に直に受け、ザインの拳を吐き出して距離をとった。


『やるなあ』


『超々高周波ブレードを砕くなんて驚きだ』


『固有振動数を探らせたくなかったしな。潰すなら知られる前だ』


 マルコキアスの牙には伝説の神話の怪物、鑿歯さくしの牙を使っている。極希少魔法武具アーティファクトだ。さすがと言わざるを得ない。


 いつの間にかお化けたちが集まってきて、賭け事を始めていた。娯楽が少なそうなこの屋敷では、いい余興になったようだ。

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