次に中央にある池にいく。


 池には手こぎボートが3隻係留されており、高等部から自由に使える許可が出ている。


 セレーネは2機を手こぎボートに乗せ、自分は桟橋で待つ。


 人間と比べて自動人形オートマタは重い。2機だけで手こぎボートは満載喫水線ぎりぎりだった。


 ザインがオールを漕いで、すーっとボートは進み出す。


「行ってらっしゃい」


 リリィはおそるおそる水面に指を入れた。


『冷たい。どうして人間はこんな危ないことをするのかしら』


『水底は深くないし、開放感がありながら、こうして2人きりになれるからじゃないかな』


『なるほど。そういうものなのね』


 リリィは学習している様子だった。そして手を振るセレーネに手を振って返す。


『セレーネ様いい方ね』


『知り合って間もないとは思えないくらい、よくしてくれるよ』


『私のこと、かわいい、かわいいって……』


『実際、かわいいよ』


『この外装はジョミー様が一生懸命作ってくれたものだから――』


 ザインはもちろん、以前の姿を知っている。


『ボクは前のリリィちゃんだったときから、とてもいい子だって知っているよ』


自動人形オートマタってなんなのかしらね。人間が人間に似せて作ったけど人間には決してなれない』


『魔道の力で魂が宿っているから、人間の魔道士でも全てが分かっているわけじゃないから。その答えが出るのはまだまだ先だろうね』


『でも私たちは今の世界を生きていかないとならない』


 聞こうかどうか迷っていたことを、今、聞こうとザインは思った。


『そういえば機械化猟兵団の声明に「自動人形オートマタに人権を」ってあったね』


 リリィは表情を変えずに、ザインを正面から見た。


『あの新聞に載っていた声明、嘘だって知ってる?』


『え?』


『本当の声明はね、「全ての自動人形オートマタを人間にする」だったの。ウキグモ市の執行部が伏せたのよ、きっと』


 そんなことを知っているリリィはやはり機械化猟兵団の関係者なのだろう。


『でも、人間にするってどういうことだろう……』


 だから市の執行部は人権を、と解釈したのかも知れない。


『私も噂で聞いただけだから詳しいことは分からないけど、ザインさんは、もし、自分が人間になれたのなら、なってみたい?』


 そういうからには彼女は人間になりたいのだろう。


『人間になったからって幸せになれるとは限らないから――君も大勢、不幸な人たちを見たじゃないか』


『そうね。それは分かっているんだけど――』


 リリィは俯いた。


『もしそんなことが可能になったとしても、どんな人間になるか分からないからなあ。イケメンならいいけど』


『私も、今くらいかわいい女の子になれるのなら人間になりたいな』


 ザインもリリィも笑った。


『欲張りかな』


『リリィちゃんなら、きっとかわいい女の子になれるよ』


『そう、だと、いいんだけど』


 自分の真の姿など、誰もしらない。それは人間も自動人形オートマタも変わらないだろう。それでももし神話のように、神様の力で人間の彫像が人間になれるのならば、その姿そのままに人間になるに違いない。それが彼女なら、神様はきっとかわいく変換してくれるはずだ。だが、自分はどうだろう。


『ボク、棒人間に変換されちゃうのかな』


 リリィは本当に可笑しいといった様子で大笑いした。


『ザインさん、本当に面白いね!』


 沈んだ雰囲気が吹き飛ぶのが分かった。


 ボート遊びを満喫し、2機は桟橋に戻る。


 桟橋ではギターを手に、セレーネがメロディを試行錯誤しながら奏でていた。


『セレーネ様。戻りました』


 ボートからロープを投げ、ギターを手から離したセレーネが受け取り、桟橋に結びつける。そして2機は慎重に桟橋に移った。


『セレーネ様、作曲されていたんですか』


 リリィが興味深げにギターに目を向ける。


「いいシチュエーションに巡り会うとフレーズが浮かぶものなのですよ」


 セレーネは笑みを浮かべながらギターをギグバッグにしまい込んだ。いいフレーズができたのかもしれない。


「次、どこに行こうか」


『彫刻を見て回りたいです』


 リリィがセレーネの質問に即答する。


「そうだね。いいね」


 1人と2機は学院内の散策を始める。


 高等部と中等部の間の道を歩きながら、ところどころにある彫刻を眺める。天馬や女神、昔の偉い人、伝説の魔道士などモチーフは様々だ。


「彫刻っていまいち分からないのよね」


『シンガーソングライターのセレーネ様がしていい発言ではありません』


「歌もメロディもさ、ストレートじゃない? 彫刻や絵画は見る人に委ねられることが多い気がして」


『その自由さがいいのかもしれませんよ』


 リリィがしゃがんで天馬の像を見上げ、青空に浮かぶ白い夏雲に重ねて見ていた。


「あ、面白」


 セレーネもリリィの見方を真似してみる。1機と1人の様子を端から見ると変に思えるが、当人たちは至って真面目だ。ザインはツッコミを我慢する。


 それも気になるが、尾行している分解男も気になる。池のときはうまく隠れていたようだが、こうして広いところを歩いていると隠れる場所が少ないため、何度も何度も姿をさらしている。素人ならばともかく、潜むものダイバーの目を誤魔化すのは無理だ。


 これで呪われし者のはずがないなあ、とザインは判断する。


 学院の警備員に突き出してやろうかと思わなくもないが、分解男の嗅覚を思えば、この後、機械化猟兵団が接触してこないとも限らない。ただザインとセレーネが同行しているのだから、それは一戦交える覚悟あってのことだろう。


 ま、それはないかな。とザインは判断する。


 リリィとセレーネは天馬の像に飽き、歩き始めていた。ザインもついていく。


「そういえばさ、3《ザイン》ちゃんとリリィちゃんのなれ初めを聞いてないんだけど」


『なれ初めだなんてそんな……』


 リリィが照れた仕草をして、ザインは動揺する。


「でもリリィちゃんは3ちゃんのこと大好きよね?」


『大好きっていうか、棒人間スティックさんは私の神様ですから!』


「神様?」


 ザインは訝しげなセレーネの視線をかわす。


『私、スクラップの山の中でスリープ状態のところを棒人間スティックさんに助けて貰ったんです。もう少しで記憶の保持もできなくなるところだったんです』


「そのあと、記憶をなくしてスクラップの山で問題児扱いされていたマルコーくんと会って一悶着あったけど、意気投合して、マルコーくんは記憶が戻り、リリィちゃんはジョミーくんに綺麗に直して貰って、動物病院で働けるようになって今に至る?」


『どうして知っているんですか?』


 ザインは思わず声を上げてしまう。


「当てずっぽうだけど。やっぱそんなところか。だから3ちゃんのバッテリーは空だったんだ? リリィちゃんに分けてあげたんでしょ?」


 リリィは小さく頷いた。


棒人間スティックさんは私たちスクラップ山の自動人形オートマタにとっては神様なんです。昼間はずーっと動かないで瞑想していたし、神様というよりスクラップ山の仙人?』


 動かなかったのは太陽光で少しでもエネルギーを充填するためだった。


『ぜんぶ上手く問題が片付いて、ジョミー様のお世話になれば登録だってエネルギーの充填だってできたはずなのに、いなくなっちゃって……』


 リリィはさみしげで、それでいて恨めしげな目をザインに向けた。


 潜むものダイバーとしてはジョミーほどの秩序の魔道士に身体を見せるわけにはいかなかったし、登録も『女神の永遠の騎士』でもない人間に、書類の上だけとはいえ、マスター登録されたくなかった。人間の誓いみたいなものだ。もちろん女神様に登録して貰う分に拒否感はない。


『いろいろ都合があったんだ』


「美少女の命を救って慕われるなんて男の子冥利に尽きるね」


 セレーネがザインの頭を小突いてくる。


『美少女だなんて――私、棒人間スティックさん――ザインさんに助けられたとき、ひどい有様だったんです。フェイスは割れて半分ないし、片腕もなかった。外装は傷だらけで服だってほとんど残ってなかった――』


 そのときの彼女も、彼女自身であることも、事実だ。


 もし人間になれるのなら、今のようにかわいい女の子になれるのなら、と彼女は言っていた。その言葉は半壊状態だった自分もまた、自分だった自覚があるからこそ来ているのだろう。


『どんな姿でもリリィちゃんはリリィちゃんだ』


 ザインは独り頷く。たとえ人間になったとしてもそれは変わらないと思う。


 リリィの美少女フェイスが瞬時に真っ赤になる。


 セレーネは満足げに頷く。


「ごちそうさま」


『ザインさんは私の、神様アイドルです!』


 どこから出したのかリリィの両手の団扇には『今日も尊い!』『こっち見て!!』と書かれている。


「あ、そっちなのね。イケメンじゃなくてもOKなんだ」


『ザインさんはイケメンです!』


 セレーネは大笑いする。ザインはうろうろするしかない。


 しかし次の瞬間には1人と1機の表情は凍り付いた。

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