翌朝、セレーネはガシガシとザインを磨いてくれた。いつの間にかワックスまで買っていて、鎧の隅々まで塗り込み、ザインはロールアウトしたときの輝きを取り戻した。


「これでよし。男前だよ」


『そんな、ボクが綺麗になったって関係ないですよ』


「鈍いなあ。一緒にいる女の子に恥かかせちゃダメでしょ?」


 セレーネは輝かんばかりの笑顔でザインに言った。

 

 否定できる要素は皆無だった。


 リリィとは近くの馬車鉄道の停車場での待ち合わせだった。


 リリィは先に来てザインを待っていた。


 今日は後付けの耳はなく、人間と同じ大きさの金属製の集音機をつけている。そして服もお仕着せではなく、薄い青のブラウスと白いロングスカートだった。一見すると自動人形オートマタではなく、人間の女の子に見えた。


 ザインは自分の新しい名前と、改めて、初めての主人であるセレーネを紹介した。そして学院に入るためにはセレーネの同行が必要だと説明すると、リリィはこう答えた。


『スティックさん、じゃなくてザインさんのご主人さまが一緒なら安心です』


 そして美少女フェイスに笑顔を浮かべた。不気味の谷を回避するために人形寄りの顔の作りだが、十二分にかわいい。


「だめだ、この子、連れて帰りたい」


 セレーネはリリィの頭をなでなでする。


『リリィちゃんは独立して働いているんですよ。すごいでしょう』


「そうなんだ。ますます好きになっちゃうな」


 えへへ、とリリィは照れ笑いする。


 安全性が確認され、就労でエネルギーの安定供給が可能であれば、少なくともウキグモ内であれば、自動人形オートマタも一定の権利を認められている。まだ例は少ないが彼女はその好例のようだ。


 馬車が来て、いつものようにキャビン上の席に行く。車掌がキャビンの中にセレーネを案内しようとするが、セレーネはノーサンキューだ。


 リリィは嬉しそうで、少し悲しそうな顔で、その様子を見た。


 キャビン上の席には1人と2機だけだ。


「――リリィちゃん、もしかして昔を思い出しちゃった、とか?」


 セレーネは背後を見ることができる席に座り、ザインとリリィが側面の席に並んで座っている。リリィは表情を変えず、目だけセレーネに向けた。


『セレーネ様、鋭いんですね』


「巻き込まれるのは得意なのよ」


 巻き込まれるのではなく、実は彼女は自分で首を突っ込むタイプらしい。


『変な言葉ですね、セレーネ様』


 ザインのツッコミをセレーネは無視する。


「ごめんねリリィちゃん。別にいいのよ、話さなくて」


『いいえ。さっき、馬車に乗るとき、戦場でよくしてくれた軍医せんせいとセレーネ様が同じ顔をしていたんです。いるんだなあ、こんな人って、思いました』


 リリィは目の向きを戻した。


 ザインは、きっとその軍医せんせいはもうこの世に居ないんだろうな、と思った。


「人間はね、辛いときは辛いことをそのまま吐き出しちゃうけど、幸せをいっぱい蓄えた人は、辛いときでも周りに幸せを分けてあげる力を持っているんだよ。きっとその軍医せんせいも辛いことがいっぱいあっても、周りを笑顔にできるだけの幸せをいっぱいいっぱい蓄えていたんだ。きっと」


 セレーネは遠い目をしながら、そうリリィに言った。


『昨日のセレーネ様、幸せ漏れてましたからね』


「いや、そうじゃなくて!」


『そういうことですよ。誰かが幸せでいてくれるだけで、その誰かが何かしてくれなくたって、周りの心が軽くなることもあるんじゃないですかね。ボクの実体験ですが』


「そしてその幸せが蓄えられていく」


『幸せの循環ってことですね』


 リリィは唇に笑みを浮かべる。


「人でなくてもそれは変わらないよ。ただその力を強く持てるかどうかだけ。最終的には個人によるんだろうしね」


 セレーネは照れたように笑い、リリィは返した。


『セレーネ様もいっぱい、幸せ蓄えてくださいね』


「リリィちゃんもね」


 そんな会話をしていると馬車はすぐに学院前の停留所に到着した。


 1人と2機は馬車から降りて、学院の門をくぐる。


 中央学院は『機械化の叛乱』のときでも一度も戦場にならなかった場所だ。当時は多くの避難民がキャンプを作っていたというが、今はその名残を感じさせるものはない。


 芝生が広がる広場に、常緑樹の巨木、小さな丘、黄色い頭のヒマワリ畑。快適すぎて北に帰るのを忘れた渡り鳥たちが生活する広い池。辻辻にある彫刻やモニュメント。


 今は夏休みだ。ほとんど学生生徒はおらず、貸し切り状態といっていい。


 普段はごみごみした下町にいるリリィである。目を丸くするしかない。


『素敵な場所です、セレーネ様!』


 両手を合わせて感激のポーズをとる。


「よろこんでもらえて何より。どこに行こうか」


『まずはヒマワリ畑に!』


「今、有志が迷路を作っているはず。いいね」


 セレーネは笑顔になる。


 2機と1人はヒマワリ畑に向かって歩いて行く。


 ヒマワリ畑は学院の入り口からは近くに見えていたが、意外と遠く、また、着いてみると相当広く植えられていることもわかった。


 既に迷路は作り終えていて、背の高いヒマワリの間には通路ができていた。


『ザインさんが鬼よ。私を捕まえて!』


 リリィが先に迷路に入っていき、走り出す。


了解コンセント! ですよ!』


 その後をザインが追い、それをまた、セレーネが追う。リリィを捕まえようとしてザインは小走りになるが、角を曲がるともういなくなっていた。追いついたセレーネも少々驚く。


 センサーを使えば、見つけるのは簡単だが、それではつまらない。ザインは分かれ道に戻ってリリィを追う。


『ザインさん、こっちこっち』


 ザインの正面から声が聞こえたが、正面はヒマワリの壁だ。


 隙間からリリィの白いスカートがひらりと見えた。


 きれいだな、とザインの頭に言葉が浮かび、足が止まった。


 セレーネはニヤッと笑い、ザインをからかう。


「いいね。絵になるね、美少女に翻弄される男は」


『それってセレーネ様がクレスさんにしていることなのでは?』


「自分で言うのも何だけど、そう見られているなら嬉しいね」


『うわ、翻弄している自覚がある。クレスさん、かわいそう』


「そんなことないよ。お兄ちゃんのこと、大好きだから」


『無自覚で砂糖吐かれてても仕方ないんで行きます』


 ザインは再びリリィを追い始める。


『捕まえられたらほっぺにキスしてあげる』


 遠くから声が聞こえてきて、ザインはマジで、と速度を1・5倍に上げて迷路を攻略する。そしてリリィの姿を捉えたが、彼女は迷路を脱出する直前だった。


『間に合わなかった!』


 しかしリリィは脱出1歩手前で止まり、振り返ってザインを待った。


『あのとき助けてくれたお礼、まだできていなかったから』


 ザインは急ブレーキをかけてリリィの目の前に止まり、リリィは、立ち止まったザインの頬に、そっとキスをした。


 ザインは処理能力が間に合わず、その場でフリーズしてしまう。


「ごめんさい。見ちゃった」


 追いかけてきたセレーネが小さく舌を出した。


『いいんですよ。だって私たち、自動人形オートマタなんですから。表面がどうあろうと、変わらないんです』


 それはザインには分からない。自動人形オートマタに酷似した存在ではあるが、潜むものダイバー自動人形オートマタではないからだ。


「難しいことをいうなあ」


 セレーネもよくわからないようだった。

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